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2015年8月12日 (水)

アラヤシキの住人たち

フォーラム仙台で「アラヤシキの住人たち」が上映中。長野県の山の中に共働学舎というところがある。名前の通り、いろいろな人が共に働き、暮らしていくところだ。自然の中なので、農業を中心としている。自由学園の教師だった、宮島さんが始めたところだ。映画は、その共同学舎での生活を、これも自由学園にゆかりのある本橋さんという映画監督が、記録したものだ。

北海道にも、共同学舎があり、宮島さんの長男が代表をしている。長野の共同学舎は、宮島さんの次男が代表をしている。北海道の宮島さんの著作『みんな、神様を連れてやってきた』を読んでいたので、前から共同学舎には、興味を持っていた。

映画を見に来ていた、年配のおばあさんたちにとっては、「昔は、こういう生活をしてたんだよね」と懐かしい気持ちで見ていたのだろうか。ぼくには、こういう農的な生活を映した映画を見るのはつらいし、見なければよかったという気持ちにも少しなった。こんな自然に恵まれたいい生活も、ひとたび核発電が爆発すれば、根こそぎなくなるんだということが、つい頭にちらついてしまい、ここ長野の安曇野の一番最寄りの核発電所はどこで、何キロくらい離れているのだろうかと、つい考えてしまうのだ。

映画で描かれていた命の尊さも、もうしわけないが、ぼくには演出臭が鼻について、いい感じはしなかった。というのも、自然の中で暮らしていれば全部当然のことばかりで、わざわざ強調するまでもないと思ってしまうのだ。こんな風に、ひねくれたことを書くのは、ぼくが悔しいからだ。映画の中で、確かに命は輝いていた。でも、ぼくにはその命の輝く場がなくなってしまい、目に見えない灰色の粉が降り注いでいる現実しか、ぼくのまわりにはないように思えるからだ。

宮島さんたちの共働学舎が、まねできないほど偉いと思うのは、「包摂」の精神を実践していることだ。異質なものを受け入れると口では言っても、実際そうなればとても大変だ。でも、共同学舎の精神は「包摂」であり、葛藤をしながら受け入れている。(その葛藤も映画では描かれる)。そこは根本に、キリスト者としての心があるのだろう。ぼくはキリスト者ではないが、彼らからその精神は大いに学ぶべきことがあると思う。ぼくも、口先だけで安倍さんや自民党政治を批判していないで、この競争的な経済体制の中で効率が悪いと切り捨てられる人、成果が達成できないと切り捨てられる人、そういう人たちを包摂できる、それだけの人間にならなければ、批判する資格もない。

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