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2015年8月 4日 (火)

戦争に行きたくないのは利己的な理由か?

自民党の国会議員の先生が、戦争法案に反対する若者に対して、「戦争に行きたくないから反対するというのは、利己的な理由だ」との意見を表明した。ちょうど、ドーキンスの「利己的遺伝子」を読んだばかりなので、ぼくもこの件に関して思うことがある。

生物学的・進化論的にいうと、生物の最大の本能と欲求は自己保存であろう。つまり、死にたくない、あくまでも生を求めるというのが基本的な生物の欲求で、人間から他の生物までなに一つと変わりはしない。(そんな中で、数が増えすぎたレミングという動物が集団自殺をするのは、進化論的にどう説明できるのか、などというのは純粋に学問的に興味があるところだが、そのような事例は今は置いておく)。自民党の武藤議員に言われるまでもなく、ぼくが戦争法案に反対する動機で一番大きいのは、自分は弱虫なので、戦争に行きたくないという、利己的な理由であるし、その次は、できれば自分の子供たち、そしてその次には、自分の甥っこや姪っ子や、親せきなど身内、血のつながりを重視して、そういう人たちが戦争に巻き込まれてほしくないという理由であるし、その次にできれば同じ日本人の若者が戦争で死んで欲しくないという利己的な理由である。武藤議員が指摘するまでもなく、日本からごくごく遠いどこかで、日本とは一切かかわりの持たない国同士が戦争をしていても、それに反対するデモが日本の国会前では起こらないだろう。戦争に反対する、一番の原動力は「利己的遺伝子」のなせる業だと思う。

それで自民党武藤議員が、その利己性を否定するというのであれば、彼の主張は、「利己を捨てて、国家に命をささげろ」ということになるのだが、実際彼のブログなどを見るとそういう考えの方らしい。武藤議員は安倍さんを強く支持する人だと聞く。だとすると、安倍さんの戦争法案の本質は、「自由や人権を国内で制限し、国に命をささげる兵士を養成し、世界中どこでも自由に戦争できる」国にするということになるのではないか。安倍さんは、こんなの左翼プロパガンダ(=流言・蜚語)と言って否定するが、左翼どころかごくごく普通の感覚の人でも、そういう怪しい本質に気付くから、街頭に出て声をあげる人もいるのだろう。

国民の自由を制限し、国民が国家のために奉仕する、というのを理想的な政治形態だと考える人もいるし、その考え方自体の存在を禁止するつもりはないし、もちろんぼくにはそんな権力もない。だが、今度の戦争法案は、「日本国家」に奉仕するのでなく「アメリカ国家」に奉仕するのであって、その点は、愛国を自任する安倍さんや自民党の先生たちはどうなのだろう。また、ぼくたち庶民が「利己的」におそれているのは、戦争となれば、死ぬのは庶民だけだということだ。藤島議員は若いのだから、国際貢献のために率先して自分がまず最初に前線に立って銃をとってくれるのだろうか。とても、庶民の目線からは、そんなこと信じられないのだ。安倍さんをはじめ、支配者層は常に安全なところにいて、自分の生命は保全しようとする。満州国が瓦解し、ソ連が進行してきたとき、軍は国民を守らなかったし、真っ先に撤退した。もっと早く連合国に降伏していれば、無駄な犠牲を出さずに済んだのに、軍は最後まで戦うという判断ミスを見通しのなさを示した。今度、戦争になれば、そんなことにはならないと安倍さんは言うかもしれないが、庶民が利己的な自己保存の本能から恐れ、戦争法案の中に嗅ぎ取っているものは、先の戦争と同じように、自分たちだけが殺されるということだ。この夏の戦争法案は、支配層から戦争を強制される側の「利己」と庶民に戦争と忠誠を強制する支配層の「利己」、つまりエゴとエゴ、利己的遺伝子と利己的遺伝子との戦いということだ。

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