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2015年8月21日 (金)

「サウンド・オブ・ミュージック」

家族でミュージカルの鑑賞会を開く。というのも、吹奏楽部所属の娘の演奏に少しは役に立つのではないかと考えるからだ。音楽は、もちろん「技術」という面もあるだろうけど、人生で経験してきたことの重みによる「表現力」というのもあるのではと思う。しからば、名画鑑賞で情操を豊かにすることも演奏にいい影響が出るのではと思ってだ。娘の中学校の吹奏楽部、県大会には行けるのだが、その上の東北大会がいつも、あと一歩が及ばない。今年は、ぼくもライバル校の演奏も聞いて、絶対に娘の学校の方がよかったと思ったのだが、東北大会に行ったのはライバル校の方で、納得がいかない。

さて、どうせ鑑賞するなら古典、絶対にはずせない名作「サウンド・オブ・ミュージック」。ぼくも、中学だがその前だか後だが、学校の芸術鑑賞会で映画館でこれを見た。その時は、高原でジュリー・アンドリュースが子供たちにドレミの歌を教えるところ、そして最後のアルプス越えで家族が逃げていくところ、くらいしか記憶になかったのだが、あらためて見ると、トラップ家の長女の恋のエピソ-ドや、トラップ大佐との恋の当て馬になる男爵夫人の登場と、よく作りこんである話だったのだということに気付き、まるで初めて見たような感動を味わった。これも記憶力が悪いおかげだ。昔は、白黒だったと思うが、今は技術が進んで総天然色になっていて、昔の映画ということを全然感じさせない。

ジュリー・アンドリュースの生き生きとした演技は、今見ても素晴らしい。もちろん、音楽もいい。ジュリー。アンドリュースが、途中、自信をなくしてトラップ家の家庭教師をやめて、修道院に戻ってくると、院長さんが「あの山越えて」を歌って、ジュリー・アンドリュースを励ます。その同じ歌が、最後のアルプス越えのところでもまた歌われるという、内部のつながり具合も、あらためてよくできた映画だと感心させられる。ナチスの侵略や全体主義に対抗して、オーストラリアへの愛国心が、トラップ大佐の口から「エーデルワイス」の歌で歌われる。この歌は、そういう文脈のものだったということに気づかされる。全体主義という政治状況は決して過去のものではないし、強国に媚を売り手先になるものがいるのも変わらない状況だ。大国にならなくていいから、自国の文化に誇りを持ち、独立を保持する、そういうオーストリアの生き方には学ぶところがあるのではないかと思った次第だ。ただし、この映画はアメリカの制作だから、ナチスの描き方をはじめ、政治的な宣伝も多少はあるのかもしれないが。

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コメント

お久しぶりです。偶然ですが、ブルーレイが出たというのでわが家でも先週、久しぶりに皆で見ました。歌がいいですよね。実家にサウンドトラックのレコードがあったので何度も聞いていました。親バカの押しつけのようですが、英語は生きている言葉ということを知ってもらいたくて子どもにも小さい頃に見せていました。ちなみに私が初めて映画館で観たのは小2の時ですが、その時から総天然色でしたよ。それではまた会いましょう。皆様にもよろしく。どうぞよい秋を。

投稿: すみかわです | 2015年8月26日 (水) 05時28分

おひさしぶりです。

澄川さんの家でも鑑賞会ですか。いいですね。

昔から、総天然色でしたか。となると、ぼくの記憶のほうがセピア色になっていたのですね。

仙台にいらっしゃるときは連絡ください。会いましょう。

投稿: 原田 禎忠 | 2015年8月27日 (木) 10時56分

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