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2015年7月 4日 (土)

金田一春彦「日本語」(岩波新書)

外国語を勉強するのは趣味なので、自然と外国語と比較してわが母語はどうなんだろうという、素朴な疑問を持った。それで、日本語を客観的に考えてみたくてその昔日本語教師の資格を取った。その時に参考書として読んだのが、金田一春彦氏の「日本語」(上・下)。何の疑問を感じずに、普段しゃべったり書いたりしている日本語を改めて、客観視してみるとこんなにも不思議ということが分かって、楽しく読んだ。それを読んだのが多分もう10年くらい前だけど、また本屋でタイトルを見つけたら、また買ってきてしまった。この本、そもそも昭和の最後のあたりに改版で出されたものだから、筆者が例に出している事例で、特にその当時の流行などを取り上げているのは、いま見ると、古色蒼然というか、懐かしすぎてつい微笑みたくなってしまうようなこともあるのだが、日本語についての考察や気づきは今読んでも、色あせない。一般向けにとても平易な語り口で書かれているが、日本語学の出発点として、重要な問題点や論点は、網羅されている。専門に勉強したいという人も、まず原点として読んでおくことのをお勧めする。

さて、日本語って特殊なのだろうか(及び日本人も)。例えば、英語と比べれば、語順などをはじめいたく違うところもあるが、何も特殊だということはない。だから、特別に誇ることもなければ、劣っているということで卑下することもない。他のことを知ること、つまり学問の良さは、物ごとを相対化できることだ。日本語は、日本人の精神生活や現実生活を表現するのに便利なように使われて来たもので、特別に良いということもなければ悪いということもない。いろいろな言語と比較していれば、相対的な特徴も分かるし、そこから日本人の心性の特徴も分かる。それが、ぼくには興味深いと思うのだ。

さて、この本の豊富で興味深い具体例のいくつかを紹介したい。例えば、日本人が「いそしむ」という言葉を好むことについて。筆者は「励む」はがむしゃらに働くことであるが「いそしむ」は働きながら、働くことに喜びを見出しているニュアンスがあり、日本人が労働を愛しているから、こういう言葉出るわけで、これは日本語の中の美しい語彙の一つだという。

日本人は他動詞よりも自動詞を好む。それが「お茶が入りました」のような表現となって出てくるという。もちろん、お茶は人が入れたのであって、自然に入るわけがない。だが、その人を思って茶を沸かし、茶葉を入れというような苦労や努力を相手に誇ることをせずに、あたかも自然にお茶が入ったかのように言いなすところが日本的だという。確かに、こんな表現も当たり前だと思って、気にも留めないが、よく考えると不思議な表現で、日本人の特徴が表れているのだと思う。

日本語〈上〉 (岩波新書)

日本語〈下〉 (岩波新書)

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コメント

先輩

ありがとうございます。
さっそく読んでみます。

投稿: Hiraide | 2015年7月 5日 (日) 18時48分

hiraide君、
興味を持ってくれてありがとう。
お勧めですので、読んでみてください。

投稿: 原田 禎忠 | 2015年7月 6日 (月) 14時18分

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