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2015年6月30日 (火)

自民若手勉強会、百田氏発言

標記の件につき、河北新報6月27日付の曽我部真裕氏の論考のなかから、触発されたところ。曽我部氏は、最近の全体的な流れは、論理を軽視し、感情的に反応することが政権トップ以下に見られることだと指摘している。建前と本音がかい離し、建前への信頼が崩壊し、その結果公的な場でも露骨な本音を言う人が人気を博すとする。自民党の若手議員たちも、本音を言う前に、沖縄の新聞がなぜいけないのか、どんな点が気に入らないのか、筋を通して説明すべきと指摘しているが、ぼくが注目したいのは、この後だ。

曽我部氏は建前を主張する側の問題点も指摘する。安保関連法案については、理念的な平和主義が知識人に根強いが、説得力を失ってきている。もう少しリアリズムに基づく議論が必要で、建前を言う側もその論理を構築しなおすことが求められているという。つまり氏は、ぼくをふくめて「平和」だの「自由」だのをほざくいわゆるリベラルの人たちのことばが薄っぺらで、国民の心に届かない、響かないと言っているのだ。それはその通りで、ぼくもそこは考え直さないといけないと思う。例えば、百田氏の「米兵がレイプするより、沖縄の人がレイプするほうが多いのだ」という発言に、ぼくたちはどんな言葉で反論できるのだろう。じゃあ、本当にそういう統計資料や信頼できる調査があるのかというリアリズムに基づいて、百田氏にきちんと反論し、百田氏以上の信頼を国民から得ることができるのか。

現実問題として、この国で断トツに人気があり信頼されているのは自民党だし安倍首相だ。橋下市や百田氏の方が人気があり、国民はよろこんで彼らの声を聞いている。進歩的・リベラル・左翼的・知識人の・声は薄っぺらで、国民には届かない。そんな時にやはり生活から出てきた本物の言葉は強いと思うのだ。それが、この前にも書いたが、終戦5年後で出た『山びこ学校』という山形の山村に住む中学生の作文だ。彼らは本当に生活の中で思索し、自分の言葉で述べている。だから、国民にもその良さが分かり、ベストセラーとなった。薄っぺらな言葉から見れば、うらやましい限りだ。まあ、そんなことを曽我部氏の論考からは触発されて、考えた。

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2015年6月27日 (土)

『山びこ学校』無着成恭編

無着成恭氏が編集した『山びこ学校』を読む。教育書の中ではもう古典といってよい書だし、一般的にもベストセラーになった有名な本だ。でも、本との出会いは、そうするべき時期やめぐりあわせがあって、はからずも、その時期が決まってくるのだという感慨がわく。いま、『山びこ学校』をぼくが読むことができてよかったのは、東北に長く住んでいるおかげで、子供たちが書いている言葉がいきいきとわかるということだ。30年前に読んでいたのなら、東北の言葉はわからなかっただろう。でも、いま読むと、生活に密着して書かれた言葉が翻訳なしでも、音声と語りざままで、生き生きと想像できるまでに、ぼくの東北の言葉に対する習熟度は上がったのだ。

もう一つ、『山びこ学校』の生活つづり方という実践が、今日的だと思うのは、18歳選挙権の実施ということも踏まえ、いま日本の民主主義が間違いなく岐路に立っているからだ。それも、民主主義が日本から無くなるかどうかの岐路だ。「つづり方」なんて言う古い言い方など知らない若い人も多いと思うが、(要は「作文」のことなのだが)、知っている人や世代は、若い世代にこういう実践が日本にあったということを伝えていかなければならないし、今日的な形で「つづり方」の実践をしていくことができないかを考え、実践していかなければならないのだ。

『山びこ学校』が書かれたのは、戦争が終わってから5年という時期だ。書かれたのは、山形県の山の中。山形や上山のような平地ではなく、そういう都会に出ていくのに何時間とかけて行かなければならない山村。だから、米がとれないような凶作を経験してきたし、経験するところ。書いたのは驚くことに中学2年生。中学2年生でも、立派に自分の足で立って、自分で考えることができている。翻って、ぼくらは今、若い人たちに自分で考えることができるような、自分で立つ力を与えることができているか。批判されるべきは、そしてその責任を担うのは、若い人たちではなくて、ぼくたち大人であるはずだ。

「生活つづり方」とは、自分たちの生活をありのままに描写し、そこからなぜなのかを考えていく、作文を通しての教育実践。上段で書いたような時期的・歴史的な条件で、ありのままに生活を見つめていけば、「なぜ、農村は貧乏なのか」「政府は闇をやってはいけないというけど、闇をやらなければとても家族が生活していくことができないのは何故か」というような問題に突き当たる。そこから、子供たちは、自分たちで調べ、議論し、考えていく。そして、答えは出なくてもいいのだ。そして、教師である無着氏も決して結論は教えないし、結論を押し付けることはない。一緒に考えていくのだ。

戦前の「生活つづり方」が弾圧され、戦後の「つづり方」が、文科省や自民党から敵視された理由は、子供たちに「アカ」になる教育を押し付けているという点だ。だが、上述したように無着氏は、決して教えないし結論を子供におしつけない。自分で考えることができる人になってほしいというのが、その教育理念なのだ。だから、『山びこ学校』の中には「共産党」への批判や「組合」への批判もちゃんと子供たちの口から出てくる。『山びこ学校』が書かれた、戦後のこの時期というのは、混乱と貧困の中で、本当に共産革命が起こるかもしれないと思われていた時期で、共産主義的思想が蔓延し、革命を恐れたアメリカ軍が日本政府に命じて、警察予備隊を作らせたぐらいのときだが、自分で考えられる子供というのは、要は、よいと思ったことは良いと、悪いと思ったことは悪いと自分で判断してそれを言える子供なのだ。

自分で物事を判断し、自分で行動できる人間がたくさんいることが民主主義社会のいちばん大事なところであるが、自分で考える人間がたくさん出ることを、なぜ今も文科省も政府も恐れているのだろうか。いま、きちんと生活に向き合えば、「なぜ、いくらうちの親が一生懸命働いても、ぼくが学校に行けないくらい貧乏なのだろう」といった「つづり方」が生まれてくるかもしれない。それくらい、今の時期、そしてこれからの日本は、「山びこ学校」の生徒が置かれたのと同じくらい、矛盾に満ちた社会がやってくる。でも、若い人たちが自分で考える力をつけていないとしたら、ぼくを始めそれは大人の責任で、それをつけさせることをしていない、そして来なかったことを、大いに反省し、『山びこ学校』をあらためて読んで、実践の方法を考えるべきである。

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2015年6月24日 (水)

18歳選挙権

日本でも18歳選挙権が実施される。世界の大勢は18歳からであり、むしろ今までの日本のように20歳からというのは少数派。選挙年齢の引き下げは、世界の大勢に合わせたともいえるが、安倍さんと彼を支持する人たちの狙いは、「憲法改正」国民選挙があるのだろうけど。若い人たち、とくにネットの世界では安倍さんや麻生さんの人気が高いということを見越しての事なのだろうが、地元の河北新報でも18歳選挙権をめぐる記事が多く掲載されていた。切抜きだけはしてあって、まとめる暇がなかったが、今日は6月20日付の桜井智恵子氏の考察から、勉強になったところを自分の備忘録のためにも抜き出しておく。

まずは、若者の選挙の現状。2014年の衆議院選挙の投票率は54%。全体でこの数字だから、そもそも民主主義が成り立っているかどうか疑問だが、20~24歳は29%だから、若者の政治からの逃走は格別。18歳に年齢が引き下げられて、投票率が上がるとも思えない。若い人に、自分が市民として政治の主体なのだという教育をし、自覚を持ってもらわなければいけないが、課題がある。

氏が指摘するのは、日本の子供や若者は相当に意欲を奪われて生きているということ。これは、ぼくも激しく共感する。思考停止するようにさせられているのだ。これでは、自分で主体的に考え、主体的に行動を選択しろと言っても無理だろう。部活や家庭学習で追いまくられているうちに、18歳だから急に政治に関心を持てと言われても不可能なのだ。

また、桜井氏は、政治について話すのは格好悪い、政治を語るのは活動家や暑苦しい人なのだという若者の間にある雰囲気についても指摘している。こうやって、現代社会は若者の自由を封じ込め、政治に対するマイナスイメージを植え付けているのだという。

では、どうしたらよいだろう。ある国では、若者の意見を施策に反映させる青少年議会を持つ自治体があり、あるところでは社会問題省が若者に参加を求め意見を活用する。こうやって若者の意見が反映されるから、若者たちが政治に関心を持つようになるという。日本ではどうだろう。どう見ても若者の意見や利益が政策に反映されているとは思わない。そこで、桜井氏は、「若者への力の委譲を大人が恐れないこと」を提唱する。若者を大人と同等と見て、自治体の政策決定に参加してもらう、一緒に考えてほしいと誘うことが重要だという。ぼくも、この点は大いに共感する。日本では、70年代安保闘争のころから、寝た子は起こすな方式で、教育現場から政治が排除されてきた。もちろん特定の政党へ勧誘することは許されないだろうが、結局、現場が萎縮して、微妙な問題には触れないように、若者が自主的に物事を判断しないようにさせてきたのだ。

18歳選挙問題、また、他の切り抜き記事も参照に引き続き考えていきたい。

18歳が政治を変える! — ユース・デモクラシーとポリティカル・リテラシーの構築

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2015年6月19日 (金)

歌劇「清教徒」

パリオペラ座・ライブビューイングで歌劇「清教徒」を見る。作曲は、イタリアのベッリーニ。「清教徒」はあまり上演されない、珍しい演目だが、ベッリーニの有名なオペラ『ノルマ』の3年後に作曲され、そしてベッリーニの最後の作品となったが、『ノルマ』に劣らず名曲だ、ということを、ちゃんと映画の中で解説してくれるのはありがたいし、映画同様字幕が付くので、今どんなことを劇中で進行しているのかもわかるところも、ありがたい。

さて、舞台はイギリス。王党派と、クロムウエル率いる議会派が対立する時代。王党派の騎士アルトゥーロと、議会派の指導者の娘エルビーラが愛し合う。と書くと「ロメオとジュリエット」みたいだが、エルビーラの父親が結婚を許すところが違う。でも、そこから話は発展し、ごたごたが起こるわけだが、最後はなんとハッピーエンド。これで、最後に話はどうまとまるのかと思ってみていたら、めでたしめでたしだったのだ。

音楽は、とても美しい。すべての瞬間が、なめらかできれいな音楽で満たされている。途中でエルビーラは、恋人に去られ錯乱状態になるのだが、そんな時でも空間を埋める音楽は美しい。イタリアオペラの至福の美しさに浸れる時だ。

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2015年6月18日 (木)

物理学に生きて

原発事故以来、くるしんでいる。この苦しみはどこから来るのだろう。事故があっても、原発は絶対に必要だからと、再稼働しようとする人の気持ちは到底理解できないが、でも自分の苦しみの原因と、原発を進めたい人の気持ち、とくに科学者や技術者、いわゆる理系の人の気持ちを知りたくて、苦手だった「物理」の勉強をしている。ちくま学芸文庫から「物理学に生きて」が出版されている。これは、ハイゼンベルク、ディラック、ベーテ、ウイグナー、クライン、ランダウなど20世紀の核物理学を構築した巨人の講演集だ。物理学の巨人といっても、一般向けの講演だから難しい数式は一切出てこない。専門分野よりも、ぼくが知りたいと思っている科学者と社会とのかかわりについて彼らが考えていることなどが、率直に語られていて、今後とも、科学と社会とのかかわりを考える上ではとても意義のある講演集だと思う。

アインシュタインをはじめ、彼ら物理学の巨人たちがいなかったのなら、いまのぼくの苦しみもないわけだが、歴史は「もし」「たら」は禁物。歴史で起こった事象は起こるべくして起こったこととして受け入れるしかない。この講演集でも、マンハッタン計画に参加したことを嬉々として、一番輝いていて充実していた時期として語っている人もいる。科学者としては、困難を克服して理論が現実に応用されるとき、国家のバックアップで豊富な予算が付き思いきり研究に打ち込めるとき、大勢の人が一つの目標をもって研究所で力を合わせて働いているとき、こんな時が最高なんだろうなということはなんとなくわかる。

だが、マンハッタン計画によって開発された原爆で広島、長崎では一瞬にして何十万人の人の生命が奪われてしまったのだ。(その後の原子力発電技術につながり、チェルノブイリと福島では生命を脅かされ、住むところを奪われることにだってつながった)。一方、原爆の開発については、「ナチスよりも先に原爆を開発する必要があり、アメリカの原爆開発は世界平和のために良かった」「日本軍を降伏させて早く戦争を終わらせるのに原爆は役立ち、大勢のアメリカ兵士の命を救った」などと肯定の評価をする人たちもいる。そう、歴史は常に二つの顔を持ち、評価は定まらないのだ。

訳者の青木薫氏もあとがきに書いていたが、後世の人間が、断罪することは簡単なのだ。だが、もし、自分がその時代のその人の立場にいたらどうするだろうか。それを考えたら、確かに難しい。物理学の巨人たちが生きたのはちょうど第1次大戦後から第2次世界大戦後あたりにかけてで、戦争が今の時代よりももっと身近にあり、世界は対立に満ち陣営に分かれて戦っていた。ユダヤ人として生きることは危険で困難で、住むところを追われ、亡命した。亡命できたのはまだましで、残った人たちは殺された。そういう状況の中で、良心、祖国愛、などのはざまで、科学者として社会的責任を果たすというのは、確かに困難だろう。彼らが、物理学者として、自然の中に規則性を見出し、それをエレガントな数式であらわし、現象を統一的に説明したいという欲求はわかるのだが、科学と社会のかかわりは、現在でも解決されない難しい問題だということが分かった。答えは、いまを生きる私たちが自分たちで作っていくしかない。

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2015年6月12日 (金)

赤瀬川原平『千利休 無言の前衛』

前衛芸術家・路上観察学会の赤瀬川さんが亡くなったという記事も記憶に新しい。そんなおり、本屋で目に留まった赤瀬川さんの『千利休 無言の前衛』を読んだ。(有名な本だから、もっと前に読んでおきたかったが)

彼が利休について書くきっかけは、映画監督の勅使河原さんから映画の脚本を執筆してくれと頼まれたところから始まる。勅使河原さんの最初のイメージでは、利休にビートたけし、秀吉にマーロン・ブランドというようなキャストで行きたいと言われて、赤瀬川氏も興味を持ったということだ。(実際にできた映画では、利休が三國連太郎、秀吉が山崎勉だったが、この二人とても見ごたえがあった)

赤瀬川氏は、あまり歴史に知識がないところから始めて調べながら脚本を書いたと言っている。しかし、そのことが利休の茶道の秘密を考えることにつながっていったのだろう。利休や茶道を調べるうちにどうしてもたどりつくのは、韓国との関係だ。茶室のにじり口が、韓国にあったヤンパンの家が起源だったのでは、という考察が面白い。ヤンパンの大きな家の中で、最下等の使用人が暮らす一ばん端っこ部屋に躙り口に似たような作りがある。そこに「日常の辺境をあえて引き寄せる美意識の勇気がある」と、茶道という利休芸術の秘密を見つけている。

個人的には、氏が韓国を旅行し、韓国語を聞いた時の印象が面白い。というのもぼくも韓国語をかじったことがあるので、発音を少し知っているからだ。「韓国語には、日本語にない激音、濃音がある。恒常的に会話の中で発するとなると、大変な体力を要する。まさに口先ではなく体でしゃべる感じだ。そこのところの違いなのだと実感した。韓国語は力のいる言葉である。言葉は力だと教えられているようだ」

茶道はなぜ、形式美なのか?氏は、人間は何らかの人生の不安を抱えて生きていて、それを忘れるために、毎日何かを繰り返しやることの中でリズムが生まれ、そのリズムが不安をかき消すからだと考察する。そういう実存にまつわる考察が面白い。

利休は前衛芸術家であったという。それは、利休が見出した茶器のように、今まで何の価値もないと思われていたものの中に、美を見出したからだ。これは赤瀬川さんがやっていた路上観察と通じる。路上には、普通の人が見たら無価値で変なものが転がっていたりする。そこに面白さを発見していったのが、赤瀬川さんだ。しかし、赤瀬川さんは、前衛の堕落、つまり茶道の形式美の堕落も指摘する。前衛は常に先頭を走り、常に古いものを否定して、新しい価値を自ら創造しなければいけないが、その前衛が権威となり、あとから続く人たちに崇め奉られ、それを真似することをありがたがられるようになってしまえば、もう前衛ではなくなるのだ。それを氏は「前衛の民主化」と言って、戦後社会のある側面を視野に入れ批判する。

本の表題にもなった「無言」とは何か?もちろん茶道はわび・さびを重んじ、饒舌ではない。秀吉が言葉の人=政治の代表だとしたら、利休は無言=芸術の代表選手である。この二人が出会い、利休は秀吉に切腹させられる。言葉の分析を超えた直感の世界。言葉の届かぬ先で沸騰している世界。微細な意味がその沸点の上で小さなダンスをしている。そこが茶道の世界であり、一回性の芸術、つまり一期一会なのだと赤瀬川氏は言う。

千利休―無言の前衛 (岩波新書)

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2015年6月 9日 (火)

なぜ、物語・小説を読むのか

英語の勉強をしていて面白い記事に出会いました。「人は、なぜフィクション=物語・小説を読むのか」。これをよみ、ぼくは「なぜ読まなければいけないのか」と解釈しました。さて、その概要は

・IT全盛時代に、なぜ昔ながらの小説や物語を読まなければいけないのか。その理由は、脳神経科学の分野から証拠の援用が得られた。

・比喩の部分や、行為の部分を読んでも、脳の中では、現実のものを感じたり、現実に行動するのとおなじ分野が活性化することが、脳のスキャンでわかった。

・例えば「バラ」とか「スカンク」という文字を本で読めば、言語分野が働いていることはもちろんだが、嗅覚分野も同時に働く。

・『彼はベルベットのような歌声を持っている』という比喩表現では、触覚に関する分野も活性化するが、「彼は素晴らしい歌声を持っている」では、触覚・肌触りをつかさどる脳の分野は活性化しない。

・『ロバートはボールを蹴った』のような表現を読めば、ちゃんと脳の運動野も動く。

ここまで読んで、いかに素晴らしい小説を読むことが、至福のコーヒーを飲むのと同じくらい素晴らしい体験であるのかということが、納得できた。比喩ではないのである。本当にわれわれ人間がその通りに脳で感じているのである。さて、つづきは、

・小説は人間の実生活を丸ごと体験するようなもので、脳にとっては「実」と「虚」の区別はない。人と交流し、他者の感じていることや考えていることを理解する脳の分野は、小説を読む場合と現実生活に対処する場合とで、まったく同じ場所である。

・だから、小説を読むことは社会生活への訓練に役立ち、小さい子で本をたくさん読んでいる子ほど、他者の気持ちがわかる。面白いことに、この効果は映画では同じだが、テレビではだめ。

さて、この研究成果を読んで、なぜ、安倍首相や安倍さんを強く支持する経済界の人たちが、文系大学を廃止しようとしているのかが、よくわかった。ぼくは教育関係の仕事をやっていて、小説が読めない=理解できない子が、一定数いることが気になっていた。特に頭が良くて論理的なことはわかるのだが、小説が理解できない子のことが気にかかる。ぼくは、安倍さんと違って、例えば医療系の大学とかにはとくに現国や小説の試験が必要だと思っているのだが、利益を生み出す理系学部だけがあればいいので、教養系の科目などは無駄だというのが、安倍さんを中心としてこの国を引っ張っていくリーダーたちなのだ。

風立ちぬ

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2015年6月 6日 (土)

金子みすず童謡集

角川春樹事務所出版の『金子みすず童謡集』を読む。よく言われていることだけど、彼女は無価値だと思われている存在に目を向け、その気持ちをうたえる人だ。

   『浜の石』より

   ひとつびとつの浜の石、

   みんなかわいい石だけど

   浜辺の石は偉い石、

   皆して海をかかえている。

石が偉いなんて。それを言える彼女はすごい人だ。土にだって彼女はまなざしを向ける。

   『土』より

   打たれぬ土は

   踏まれぬ土は

   要らない土か。

   いえいえそれは

   名のない草の

   お宿をするよ。

どこかにどうしようもない寂しさも抱えている。「死」を見つめていたのだろうか。

   『日の光』より

   残った一人はさみしそう。

   (私は「影」をつくるため、

   やっぱりいっしょにまいります。)

   『りこうな桜んぼ』より

   そこで、落ちた夜夜中

   黒い巨きな靴が来て、

   りこうな桜んぼを踏みつけた。

   『仏さまのお国』より

   ちがうところへゆくのなら、

   わたくしたちの行くとこは、

   一ばんひくいとこなのよ。

   『金魚のお墓』より

   暗い、さみしい、土のなか

   金魚はなにをみつめてる。

   夏のお池の藻の花と、

   揺れる光のまぼろしを。

   『冬の星』より

   霜夜の

   まちで

   お姉さま

   空をみながら

   いいました。 

   - しずかに

      さむく

            さよならと。

これはみすずが自分自身をうたったものなのか。でも、生命の不思議さ尊さをうたった詩もある。

   『蓮と鶏』

   泥のなかから

   蓮が咲く。

 

   それをするのは

   蓮じゃない。

   卵のなかから

   鶏がでる。

   それをするのは

   鶏じゃない。

   それに私は

   気がついた。

   それも私の

   せいじゃない。

みすずの詩がこんなにも人々に読まれているのは当然だ。無価値とされているものがこんななにもやすやすと切り捨てられる時代。小さな命をこんなにもいつくしまない時代。生命の根本に触れないからそのかなしさが分からない時代。こういう時代だからこそ、かわいたものが冷たい水を求めるように、みながみすずの詩を求めるのだろう。山口県長門市は個人的に縁があり、小さいころに行ったことがある。仙崎や青海島のことが記憶にある。でもぼくが小さいころは、まだみすずは「再発見」されていなくて、長門には彼女を顕彰する碑もなかったはずだし、記念館もなかった。港の魚市場ではイワシが大漁で、軽トラから落ちたイワシは誰も振り向かなかったので、小さいぼくは拾って帰り、親戚の人に刺身にしてもらった。まさに、「浜は祭りのようだけど 海の中では何万の 鰯のとむらいするだろう。」

 

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2015年6月 5日 (金)

日暮硯

岩波文庫「日暮硯」を読む。江戸時代、信州松代藩は真田家が治める名門だが、千曲川の水害等もあり藩財政は窮乏していた。そこで藩財政改革に抜擢されたのが恩田杢。これは恩田杢が、改革に当たる言動が記されてある。ただし、校訂者笠谷氏によると、史実としては違うところがあるが、ただその改革の精神は、読み物としてよく伝わっているので、日本精神史や文化史としての資料的な価値もあるし、現代的な意義もあるので、江戸時代から今日まで繰り返し読まれてきたということである。

杢は改革を始めるにあたって、自分がまわりに信任されてこそ、初めて仕事がうまくいくことを知っている。そこで、まずは妻子、親せき、家人に向かって、縁を切ると宣言する。皆が驚き理由を聞くと、改革をするにあたって、自分は絶対に嘘はつかないし、贅沢もしない、だから、身の回りのものにされては自分の信用がなくなるので、そこで絶縁するという。そこで、身の回りのものも、それなら従いましょうということで、まずは身内を固める。家来などは、首にされるくらいなら、給料はただでいいからおいてくれと言い出す始末で、人心を見るに巧み。だが、杢はそうやってけちけちして無駄な支出を切り詰めることをするのではなく、そういう気持ちになってもらえればいいので、給料は以前どおりに出すという。こうして、人情の機微を知る杢は巧みに人心を把握していく。

当時の社会の生産階級と、租税負担者である農民に対しても、杢は腹を割って話し合う。江戸時代の農民への租税はさぞかし過酷であったろうと、現代の過酷な租税負担に苦しむぼくは思う。ただでさえ、過酷な負担であったろうが、貧乏な松代藩は、農民に前納、前前納までさせる。いわば、強制的に国債を国民に買わせているようなもので、しかも元利そろって返される当てはない。そこを、農民に対するいろいろな負担をなくす代わりに、藩財政に入ってしまったものはあきらめてくれよと、農民を納得させるのだ。

杢の偉いところは、財政の立て直しを、増税と倹約(=支出減)だけでやろうとしたのではないところだ。人は、楽しみもなければ一生懸命働けない、だから、一生懸命働きさえすれば、息抜きはしてもいいよ、ということを、儒教思想が厳しい江戸時代に認めたことだ。この「日暮硯」がいま、読まれるとしたら、やはり空前の財政赤字を抱えてなすすべもないように見える今の日本の現状があるからであろう。

日暮硯 (岩波文庫)

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2015年6月 4日 (木)

スマホに子守りをさせないで

河北新報で毎週金曜日、小児科医会常任理事の内海裕美氏が、スマホと子供や子育てのことを執筆し掲載している。先日読んだ記事を紹介する。

内海氏は、子供がスマートフォンやタブレット端末を使い夢中になることのマイナス面を指摘する。デジタル機器は場所や時間を選ばないので、画面に縛り付けられている子供も珍しくない。そこで体力や運動能力の発達に悪影響を及ぼすという

国の子供の体力・運動能力調査では、80年代の半ばをピークに長期低落傾向がある。学校医の間でも、「前かがみの姿勢で、指先が床に届かない」「腕が途中までしか上がらない」など子供の体の硬さが問題になっているという。子供が、座ったまま手指を動かしているに過ぎないメディア漬けの時間を、内海氏は批判する。新しいメディア機器が、体を動かすことで筋肉や脳、神経を発達させていく大切な機会を奪っていると指摘し、体の危機の深刻化を案じている。

ネットに奪われる子どもたち

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2015年6月 1日 (月)

文盲

アゴタクリストフの自伝「文盲」を読んだ。彼女はソ連に圧迫されていたハンガリーから国境を越えてオーストリアに亡命する。そして、そこからスイスに移動し、そこで工場労働者として働きながら「適語」であるフランス語を苦労して学び、フランス語で戯曲や小説を書く。そして、世界的なベストセラ―になる「悪童日記」を出版するチャンスをつかむ。

この自伝を読んで面白かったのは、「悪童日記」の創作の秘密に触れることができることだ。「悪童日記」は一心同体である双子の男の子の物語だが、そこに妹である筆者と仲の良かった兄の関係が投影されていることがわかる。この二人は小説の中にあったように、本当に「不動の術」の訓練や「断食」の訓練をしていたのだ。

難民が置かれる厳しい立場も分かる。ただ、彼女が亡命したのは東西冷戦のさなかなので、西側でとても温かく迎えられる。でも、それはプロパガンダの一種なのだろう。すなわち、社会主義国から逃げてくる人が多ければ多いほど、それは社会主義の劣悪さと資本主義の優秀さを示す指標になるのだ。こうして亡命した彼女たちは手厚く保護されるのだが、しかし、母国や母語を失うということの大きな意味を、彼女は簡明な伝記の中でつたえる。

彼女は「悪童日記」の原稿をまとめて、それをフランスの有名な出版社3社に送る。2社からは断りの手紙が来たが、1社が出版に応じる。これでのちに世界中に翻訳されることにもなる傑作が世の中に出ることになるのだが、断った2社は、あとでほぞをかむ思いだったのではないか。運命の機微というかんじである。

彼女の言葉で印象に残ったこと。『作家とは、書き続けること。たとえ、書いたものが誰の目にもとまらず読んでもらえないとしても、書き続けること』

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