UA-92533382-1 大いなる沈黙へ: よつば農場便り

« リベラル考 | トップページ | 星野監督の思い出 »

2014年9月18日 (木)

大いなる沈黙へ

「フォーラム仙台」にて「大いなる沈黙へ」というドキュメンタリー映画が上映されている。これはグランド・シャルトルーズ修道院の内部にカメラが入り、修道士たちの生活というか、祈りと修行の日々を写し取ったものだ。携帯電話やインターネットが当たり前の世の中に、いまどきこんな生活を志して行い澄ましている人たちがいるということが驚きだ。日本でいえば永平寺の禅僧のように、山奥にこもってひたすら座禅を組む生活という感じだ。

この記録映像は3時間近くあり、途中寝落ちしてしまいそうになった。というのも、音がなくとても静かなのである。修道士たちはしゃべることが禁じられている。沈黙の中で自分自身に降りていきそこで神と出会うというわけだ。だが、日曜日の昼食後だけはみなと散歩して話すことが許される。その時は普通の人たちのように楽しそうおしゃべりをしているのが印象的だった。でもフランス人らしく話の内容がとても哲学的だった。「我々のしていることはすべて象徴なんだ」とかと言って議論していた。

生活そのものにはぼくにもなじみがある。水は山から引いてきて、パイプが詰まれば水源地まで歩いて行って、ホースを外し詰まったところを取り除く。薪を切ってストーブを燃やす。でもたぶん修行のためだろう。チェーンソーは使わない。手引きののこぎりで広葉樹を切るのがどれだけたいへんかはぼくにはわかる。畑に種をまいて野菜を作る。でも、電柱がたっていて修道院までひかれているので、じつはパソコンは出来るらしい。もちろん修道士たちは部屋にこもって祈りの生活三昧だが、大変なのは事務長さんだ。たぶん世界中から問い合わせやなんだとあるのだろう。膨大な書類に埋もれて事務仕事をしていた。

こういう聖地はいつまでも残ってほしいと思うのだが、映画を見ていてふと思ったのは、原発事故が起こればこういう山の中での自給的で瞑想的な生活も失われてしまうんだよなーということだ。

|

« リベラル考 | トップページ | 星野監督の思い出 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 大いなる沈黙へ:

« リベラル考 | トップページ | 星野監督の思い出 »