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2014年9月27日 (土)

9月26日付の記事から

宮城の地元紙河北新報の9月26日付の記事から面白いものを発見。まず第1面。東北電力が原発安全策に3千数百億円を費やすという記事。これを見て、原発に賛成の国民は、これだけ金をかけるのだから原発は安全だとホッと喜ぶ人もいるのだろうが、ひねくれもののぼくはそんなに金をかけるのだったら、いっそうやめたら?と言いたくなる。まあ、推進派の人に言わせれば、原発がなければ日本は電力不足に陥り、高い石油を買っているため貿易赤字も増え電気料金も上がるというのだろうが。でも素人のぼくには、これだけお金がかかれば、どう統計数字をいじっても、原発の電気は安いというのはうそだと思うのだが。しかもこの3千数百億円お金には、新基準に対応するために新たに建てる建物の費用は入っていないという。もちろん、核のゴミの処理費用や事故が起こった時の賠償費用や事故対策費なども原発のコストに入れるつもりははなからないのだろうし。

何としてでも国民に原発は必要だと信じ込ませようとしているときに、9面にはこんな記事も。東北電力が再生エネルギーの受け入れを中止と。今東北では本当にすごいくらい太陽光発電施設が作られている。東北電力管内で太陽光・風力などの総出力は5月末で1149万キロワットということだ。それじゃあ、東北に住んでいる人はどれくらい電気を使っているのかと言ったら、今夏の最大需要実績で1360万キロワットだそうだ。うーん、これはいくら馬鹿なぼくでも必要な電気の8割近くが再生エネルギーから電気を賄えるということを意味しているということだわかるのだが。となると、ぼくが願ってきた原発のない日本はもうほぼ達成してしまっているということではないか。もちろん、原発が必要だと主張している安倍さんをはじめ、電力会社の方々は、自然エネルギーは安定しないし、送電設備に負担がかかるから駄目だ、だから買えない、とおっしゃるんだろうが、原発にお金をかけるのであれば、再生エネルギー技術の向上(その欠点の改善を含めて)にお金をかけた方がよほど良いのでは、と思うのだが。

仙台三越で販売された野生きのこから基準値超えのキノコが出た。野生きのこは東北の人が秋の楽しみにしていたものだ。村井知事が否定しても、放射能は宮城県まで飛来し自然を汚染し続けている。かくも原発は罪深い。金儲けをするにもモラルがある。人としてやってはいけないこともある。江戸時代の日本では「商人道徳」がちゃんとあって、富は徳行の結果だと考えていた。もうかるなら嘘でもなんでもついて原発をやっていいというのは、もう人道に対する犯罪だと言っていい。美しい国土を愛するという愛国心にも一番反すると思う。愛国心を振りかざす人たちからも、原発についての考えを聞いてみたい。

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2014年9月26日 (金)

ウッディ・アレンが好き

ウッディ・アレンは、知的な喜劇ができる都会派の役者で映画監督だ。仙台フォーラムでfading gigoloをやっている。ウイットに富んだいい映画だ。ニューヨークの都会の風景もいい。映画の中でいいところばかり写しているんだろうけど、こんな素敵な都会に住んでみたいと思わせる。ウッディ・アレンはうらぶれたポン引きの役でいい味を出している。でも、いつも冗談ばかり言って笑わせる。近頃は深刻なのはいやだなと思う。ニューヨークは実は、人種的・宗教的にさまざまな問題を抱えてはいるんだろうけど、こういう喜劇で深刻さにぽっと穴を開けるのがいい。

ウッディ・アレンが人を笑わせる場面で、仙台の楽天ファンには笑えないところが一つ。子供たちと野球をやる場面で、ユーキリスのバッティングのものまねをする。独特のフォームのものまねはアメリカでは受けるギャグの一つなのだろう。ユーキリスである。こんなところでユーキリスに出会うとは。仙台で会いたかったが。

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2014年9月25日 (木)

広井良典・論考2014

広井氏の論考が宮城の地元紙河北新報に定期的に掲載されている。彼の論考は、これからの日本社会の現実的な傾向を踏まえてとても現実的なことを論じている。ぼくは彼の論考が掲載されるのを楽しみにしている。9月18日付の論考を要約してみる。

広井氏がヨーロッパに滞在してきづくことは、かの地では見知らぬ者同士がちょっとしたことで声を掛け合うということだ。さりげない日常生活のすれちがいの瞬間など、笑顔を交わすなど、見知らぬ者どうしのコミュニケーションが多いということだ。ぼく自身もアメリカに行ったときなど、そのようなことを感じ、漠然と欧米は個人主義というイメージだったのを覆されたような気がする。

振り返って日本では、知っている者同士、つまり集団の「ウチ」では極端なほど気を遣うのに対し、見知らぬ「ソト」に対しては関心を向けないという傾向がある。都会で一人暮らしをしていると、他者と全く言葉を交わさずに1日を終わるということもあるだろうし、事実、国際比較調査で、社会的孤立度が最も高いのは日本だという。

このような傾向にたいして広井氏は、集団が内に向かって閉じる日本社会で、人と人との関係性を外に開かれていくことを主張してきたという。それを氏は「都市型コミュニティー」の確立と呼ぶ。また一方で、震災や災害に際してのボランティア的行動を見れば、見知らぬ者に対する利害を超えた行動が見られるというような希望が感じられる動きがあると指摘する。

これをまとめてみると、現在の日本社会は大きな「関係性の組み換え」の時代にあるという。今の日本社会がいろいろな意味で大きな転換点にあるということを否定する人はいないだろう。広井氏はその転換点を、人と人との関係性からとらえているのだ。広井氏の日本社会史に対する認識には共感する。氏は、戦後日本社会は、農村から都市への人口移動が急激で、都市には会社という強固なムラ社会があり、高度成長期には農村社会からひきづってきた従来型の人間関係で過ごすことができたという。しかし今の人口減社会を迎え、都市生活者が一般的となり、会社などのムラ社会の代わりとなっていた受け皿が流動化し、(ぼくは崩壊しつつあると言ってもいいと思うのだが)単身世帯が急増している中で、集団を超えて個人と個人がつながる関係性をいかに育てるのかが課題になるという。ぼくも全くその通りだと共感する。

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2014年9月20日 (土)

星野監督の思い出

今日も楽天が勝利。サヨナラ勝ちだ。5連勝だ。星野監督が辞任を表明したが、銀次選手が言うように残り試合を全勝したら、星野監督も、もう1年やるかな、と言ってくれるかもしれない。プロ野球を見続けてもう40数年になる。昔のこともぽつぽつと覚えている。星野監督の現役選手時代のことだって覚えている。星野監督は現役時代中日のエースでとにかく巨人戦には闘志を燃やした。

東京ドームの前身の後楽園球場に巨人対中日戦を見に行ったことがある。中日はエースの星野仙一が投げていた。とにかくカリカリしながら投げていたのを覚えている。星野はいいピッチングをしていて巨人打線を抑え完封ペースで試合が進んでいた。終盤、ランナーが出て巨人は代打山本功児を打席に送った。山本が放った打球はレフトの前の高い飛球。ショートの宇野が追っかけて行って捕球したかと思った瞬間、ボールをおでこにあててしまい打球は大きくレフト方向に転がり、ランナーがホームを駆け抜けてしまった。

有名な宇野選手の「ヘッディング事件」だ。後楽園球場は大盛り上がりだったが、星野はグラブを地面にたたきつけて悔しがった。気性の激しい選手だと思った。試合は中日が勝利したが、にっくき巨人を完封できず星野はおかんむりだったことだろう。現役時代の星野の思い出と言えばこれだ。こんな記念すべき試合というか、珍事を目の前で見れて幸運な野球ファンだと思う。その星野監督も楽天の監督を辞任するという。仙台のファンはみな惜しんでいると思う。そして、昨年優勝を見せてくれた星野監督のことは本当にありがたく感謝している。震災後何一ついいことがなかったように思えた時に、あきらめないで最後まで粘る姿勢や闘志を星野監督が選手に注入し、それを選手が実現してくれたこと、それがとてもうれしく、励まされた。優勝パレードに集まった20万人の気持ちはそんな気持ちだったのではないだろうか。今年だって、まだまだクライマックスシリーズ進出をあきらめていない。星野監督が翻意してくれるようまだまだあきらめずに頑張ろう。

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2014年9月18日 (木)

大いなる沈黙へ

「フォーラム仙台」にて「大いなる沈黙へ」というドキュメンタリー映画が上映されている。これはグランド・シャルトルーズ修道院の内部にカメラが入り、修道士たちの生活というか、祈りと修行の日々を写し取ったものだ。携帯電話やインターネットが当たり前の世の中に、いまどきこんな生活を志して行い澄ましている人たちがいるということが驚きだ。日本でいえば永平寺の禅僧のように、山奥にこもってひたすら座禅を組む生活という感じだ。

この記録映像は3時間近くあり、途中寝落ちしてしまいそうになった。というのも、音がなくとても静かなのである。修道士たちはしゃべることが禁じられている。沈黙の中で自分自身に降りていきそこで神と出会うというわけだ。だが、日曜日の昼食後だけはみなと散歩して話すことが許される。その時は普通の人たちのように楽しそうおしゃべりをしているのが印象的だった。でもフランス人らしく話の内容がとても哲学的だった。「我々のしていることはすべて象徴なんだ」とかと言って議論していた。

生活そのものにはぼくにもなじみがある。水は山から引いてきて、パイプが詰まれば水源地まで歩いて行って、ホースを外し詰まったところを取り除く。薪を切ってストーブを燃やす。でもたぶん修行のためだろう。チェーンソーは使わない。手引きののこぎりで広葉樹を切るのがどれだけたいへんかはぼくにはわかる。畑に種をまいて野菜を作る。でも、電柱がたっていて修道院までひかれているので、じつはパソコンは出来るらしい。もちろん修道士たちは部屋にこもって祈りの生活三昧だが、大変なのは事務長さんだ。たぶん世界中から問い合わせやなんだとあるのだろう。膨大な書類に埋もれて事務仕事をしていた。

こういう聖地はいつまでも残ってほしいと思うのだが、映画を見ていてふと思ったのは、原発事故が起こればこういう山の中での自給的で瞑想的な生活も失われてしまうんだよなーということだ。

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2014年9月17日 (水)

リベラル考

リベラル派の新聞と目されている朝日新聞たたきが止まらない。ライバルの読売新聞のここぞという攻勢も激しい。今日の読売新聞の一面は「新型原発の研究推進」だった。朝日が後退することで、原発や集団的自衛権、秘密保護法、沖縄の基地問題でリベラル派が後退するのだろうか。

日本のリベラルが朝日だけに担われているのであれば、そうだろうが、それではいかにも日本の民主主義は底が浅い。たとえ朝日新聞がなくなったとしても、日本のリベラルが幅広く日本に根付き、大きな影響を持ち社会情勢や国の方向を変えていくことができれば、それが本物の日本に根付いたリベラルだと思う。

そもそもリベラルの信条を一言でいえば、「君とぼくとは意見が違う。だが、ぼくは君が自由に意見を言う権利を死んでも擁護するだろう」というものだ。朝日新聞が、自己を批判する原稿や広告の掲載を拒否したとしたら、そもそも朝日はリベラルでなかったということになる。朝日がなくなって、リベラル的な考えもそうくづれになり、原発が次々と再開し、言論が統制され、戦争が再び始まるというのであれば、そもそも日本なんてそれだけの社会と民力だったというわけだ。いま試されているのは、朝日新聞ではなく、日本のリベラルである。

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2014年9月15日 (月)

ラグビー定期戦

早慶戦ほどはぜんぜん有名ではありませんが、商東戦という定期戦があります。商大と東大とのスポーツでの定期戦です。ラグビー部の後輩を応援するために、30年ぶりぐらいに東京まで応援に駆けつけました。現在、両校は対抗戦Bクラスで、試合は対抗戦グループの1戦にすぎないのは事実なのですが、商大にとっては東大戦はとても意味があります。早慶戦で、お互いに負けられないのと同じ対抗意識です。

久しぶりに見た後輩たち、体が大きかったのに感心しました。ぼくが現役のころよりも明らかに体を鍛えている。頼もしかったです。早めに行ってアップから見てましたけど、やはりぼくが現役のころと比べると、いろいろ工夫したアップをしている。きっと、科学的な見地からいろいろなトレーニング法を取り入れているのだろうなと感心しました。

そして女子マネが増えているということも聞いていましたが、今は他校からきてもらうのでなく、学内からなり手がいるそうです。しかも、練習や試合に主体的にかかわっているのにも、ぼくが現役のころとは違って感心しました。今のラグビーはアメフトのように、戦略を重視しているようですし、試合中グランド外からの指示も随分組織的に行われていて、ぼくが現役のころとの違いを大いに感じました。また、けが人のケアなどにも、どんどん自由にグランドに入っていっているのも、昔との違いだと思いました。

試合は母校が勝ちました。聞くと6連敗中くらいだったそうで、ぼくが見に来たからというわけではないでしょうが、久しぶりに東大に勝利し、それを目の前で見れてうれしかったです。現役諸君の頑張りに感謝です。この調子で残りの対抗戦グループの試合もがんばってもらいぜひグループ上位を目指してもらいたい。仙台から応援しています。

試合後は、同級生たちと渋谷に飲みに行きました。久しぶりの東京で、浦島太郎状態です。何で、渋谷はこんなに夜遅くまでこれほど人がいっぱいいるのでしょう。東京の繁栄ぶりには本当に驚きました。東京への一極集中ということが実感できました。勝利の美酒、うまかったです。

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2014年9月11日 (木)

文科省の天下り

9月10日付の河北新報の特集記事を読んで思ったこと。いま全国の国立大学のほとんどすべてで、理事・副学長・事務局長など大学の運営方針や経営判断に影響力を持つ部署に文科省からの天下りを受け入れているということである。

確か国立大学は独立行政法人化したはず。母校からは寄付をお願いしますというお便りがたびたび届くが、それは国立大学とはいえ今後国から予算を分けてもらえなくなるので、自前で研究資金を集める必要もあるし、独自の教育を展開したいし、いい学生を集めるために財政基盤を強くしておきたい、ということだったと思う。

だが、その一方で文科省から天下りを受け入れれば、相変わらず国の意向というか文科省の言いなりで、顔色をうかがいながらの大学運営ということになってしまうのではないか?これで「独立」や「自主」などは確保できるのだろうか。大学も少子化や競争のせいで、大変なのはわかるが、世の中がどうなろうと、どっちにころぼうと絶対に自分たちだけは生き延びるというのが「官僚主義」の真骨頂だということか。

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2014年9月 8日 (月)

名月何皎皎

名月何皎皎(ming yue he jiao jiao)は古詩19首のうちの第19首。

この第1句のあとに

照我羅牀幃(zhao wo luo chuan wei)

憂愁不能寐(you chou bu neng mei)

攬衣起徘徊(lan yi qi pai huai)

云々と続いていく。

人が物を思うのは秋。特に秋の名月のころ。澄んだ空気と明るい月は人にものを思わせる。ものを思えば、夜長に寝られない。外に出てたちもとほる。

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2014年9月 4日 (木)

宮城フィル復刻演奏会

東京エレクトロンホールであった宮城フィル復刻演奏会に行ってきた。これは1981年当時の宮城フィルのプログラムを、その当時の入場料で公演するという記念コンサートだ。及川浩治さんがソロのラフマニノフの協奏曲第2番は大熱演で素晴らしかった。アンコールのショパンも心にしみたなあ。最後はベートーベンの交響曲第7番でとても盛り上がって終わった。会場は満員。とても満足だった。帰りに、去年の教え子から声を掛けられた。地元の大学に行って、頑張っているそうだ。なかなかこちらからきづいて声を掛けてあげられなくて申し訳ないけど、坊主頭のぼくのことは、向こうは覚えてくれているようで、時々教わってましたと、いろいろなところで声を掛けられることがある。

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2014年9月 1日 (月)

夏の思い出

8月も終わり。なんだか肌寒くなって、あれだけ暑かった夏も終わってしまうのかと思うと、何となくさびしい気持ち。8月最後のコボスタでの楽天の試合応援に行ってきた。日曜日だったし、相手がソフトバンクだったし、チケット完売で球団史上最多のお客さんを集めたそう。5時間近い試合でしたけど、楽天の延長サヨナラ勝ちで、いい試合も見せてもらい満足。

勝因は、まず投手陣の踏ん張り。先発辛島もいきなり先取点を取られてしまったが、何とか3点にまとめた。頑張ったのは2番手武藤だ。彼が0点で抑えてゲームを作った。2対3で負けている9回、ワンアウトから、ジョーンズがぼてぼての内野ゴロ。巨体をゆすって何とか1塁セーフ。ジョーンズは、打率が低いが、チームの勝とうという意識にはとても貢献している。ジョーンズの頑張りでチームもスタンドも熱がはいった。

打席に5番の銀次。岩手出身の銀次は、スタンドに岩手の親戚のおじさんたちか?と思わせる人たちが陣取って一生懸命応援。彼はボールに当てるのがうまい。レフトに流し打って、ヒット。それを何とレフトが後逸。スタンド総立ちになって、走れ、走れの大声援。ついに土壇場で同点。銀次は3塁に。今度はサヨナラのチャンス。それにしても勝負の綾だ。ソフトバンクは1点差逃げ切りで、抑えの切り札のサファテを出し、守りも守備を交代してかためてきた。その交代したレフトが後逸してしまうのだから。サヨナラのチャンスで打席は枡田慎太郎。外野フライでもよかったのに、あえなく三振。彼は、すごい打球でホームランを打つこともあれば、さっぱり打てなくなることもある。メンタルなんだろうなあ。昨日はさっぱりでだめで3振ばっか。しょんぼりしてるのは星野監督一番嫌いなので、その裏、懲罰交代させられてしまった。

さて勝負は延長戦に。ソフトバンクも攻めて再三ピンチ。福山投手が危なかったが、ショート西田の頭脳プレーでピンチを逃れる。無死1,2塁でイデホの打球は、ショートにライナー。西田がわざと、ハーフバウンドで捕球し、3塁に送球。そして2塁に転送してダブルプレー。若い西田選手は、松井稼頭央の後継者と目されている。昨日もはつらつとしたプレーにヒットも出てよかった。延長12回裏。これで楽天の負けはなくなったが、夏の最後の思い出に楽天の勝利が見たい。あえなくツーアウトランナーなし。ここで9番、島内。彼が出れば、次は今日あたっている稼頭央につながる、打ってくれ。がんばってライト前ヒット。さて、ここが勝負の綾だが、何と島内が盗塁。これまでソフトバックはどんどん盗塁して、楽天は一個も刺せなかったが、楽天の盗塁は全部失敗。ところが最後のこの場面で盗塁し、それが成功。そしてこれも勝負の綾だと思うのだが、松井稼頭央に対して、ノーボール2ストライクになってしまった。1塁が空いていれば、当たっている稼頭央を敬遠してつぎの藤田で勝負だろうが、2ストライクに追い込んだので、稼頭央とソフトバンクバッテリーは勝負。そして稼頭央のセンターオーバーのサヨナラヒット。いやー本当に良かった。9回の土壇場で追いつき、12回の土壇場でサヨナラ。去年のように最後まであきらめない、粘る楽天を見せてくれた。楽天のこれが好きなのだ。ありがとう、楽天。

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