UA-92533382-1 広井良典・論考2014: よつば農場便り

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2014年9月25日 (木)

広井良典・論考2014

広井氏の論考が宮城の地元紙河北新報に定期的に掲載されている。彼の論考は、これからの日本社会の現実的な傾向を踏まえてとても現実的なことを論じている。ぼくは彼の論考が掲載されるのを楽しみにしている。9月18日付の論考を要約してみる。

広井氏がヨーロッパに滞在してきづくことは、かの地では見知らぬ者同士がちょっとしたことで声を掛け合うということだ。さりげない日常生活のすれちがいの瞬間など、笑顔を交わすなど、見知らぬ者どうしのコミュニケーションが多いということだ。ぼく自身もアメリカに行ったときなど、そのようなことを感じ、漠然と欧米は個人主義というイメージだったのを覆されたような気がする。

振り返って日本では、知っている者同士、つまり集団の「ウチ」では極端なほど気を遣うのに対し、見知らぬ「ソト」に対しては関心を向けないという傾向がある。都会で一人暮らしをしていると、他者と全く言葉を交わさずに1日を終わるということもあるだろうし、事実、国際比較調査で、社会的孤立度が最も高いのは日本だという。

このような傾向にたいして広井氏は、集団が内に向かって閉じる日本社会で、人と人との関係性を外に開かれていくことを主張してきたという。それを氏は「都市型コミュニティー」の確立と呼ぶ。また一方で、震災や災害に際してのボランティア的行動を見れば、見知らぬ者に対する利害を超えた行動が見られるというような希望が感じられる動きがあると指摘する。

これをまとめてみると、現在の日本社会は大きな「関係性の組み換え」の時代にあるという。今の日本社会がいろいろな意味で大きな転換点にあるということを否定する人はいないだろう。広井氏はその転換点を、人と人との関係性からとらえているのだ。広井氏の日本社会史に対する認識には共感する。氏は、戦後日本社会は、農村から都市への人口移動が急激で、都市には会社という強固なムラ社会があり、高度成長期には農村社会からひきづってきた従来型の人間関係で過ごすことができたという。しかし今の人口減社会を迎え、都市生活者が一般的となり、会社などのムラ社会の代わりとなっていた受け皿が流動化し、(ぼくは崩壊しつつあると言ってもいいと思うのだが)単身世帯が急増している中で、集団を超えて個人と個人がつながる関係性をいかに育てるのかが課題になるという。ぼくも全くその通りだと共感する。

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