UA-92533382-1 『やさしい統計入門』(田栗ほか)講談社ブルーバックス: よつば農場便り

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2014年4月10日 (木)

『やさしい統計入門』(田栗ほか)講談社ブルーバックス

講談社という出版社も原発については頑張ってくれている出版社ですので、応援しています。この『やさしい統計入門』は、原発事故の前に出版されていて、別に原発とは関係ありません。ぼくは、原発事故以降、もう一度科学・理科・数学など理系科目を勉強しなおしています。統計という学問も、政治によって都合の良いように使われる可能性が大いにある学問です。講談社ブルーバックスで出ている『やさしい統計入門』は、統計という学問の考え方に触れられる良い入門書で啓発されるところ大でした。(もちろん、数式の全部は追えませんでしたが、勉強になりました)

統計には「確率」という考えがつきものです。正しく作られたコインで表・裏の出る実験をして、その実験回数が多くなればなるほど、表が出る確率は2分の1、裏が出る確率は2分の1になることは誰でもわかります。でも、ある個人がたった3回だけコインを投げるチャンスを与えられ、表が3回連続でた時だけ命は助けてもらえるという状況となったらどうでしょう。もちろん数学的には、求める確率は8分の1なのでしょうが、数字で表現される確率と、その個人の「実存」にかかわる部分の感じられ方は、どうも違うのではないかという気が、文系人間の私にはどうもそう思われてしまいます。上述の表が3回連続でないと死ぬという状況では、確率の計算は無意味で、生きられるか死ぬかだけだと思うからです。

そんなことを考えたのも、原発は安全で事故の起こる確率は何十万、何百万分の1で飛行機事故よりも自動車事故よりも安全というふうに推進派の学者さんたちは言うのですが、現に原発を開始してからたった50年の間で、スリーマイル、チェルノブイリ、福島と3回も事故が起きているではないですか。これは、コインの確率と同じで、何百回も実験をすれば、理論上の確率に帰着するが、たまたま最初の3回だけは表だけ、もしくは裏だけが連続して出ることもありうるということなのでしょうか。たぶん、あほな疑問で、専門家には笑われるような質問なのでしょうが、ぼくなりにもう少し勉強して考えていきたいと思います。なお、『やさしい統計入門』からは、もう一つ興味深い例があったので、次回紹介します。

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