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2014年3月31日 (月)

台湾学生の国会占拠

台湾の学生が、中国との経済協定締結に反対して、国会を占拠しています。このことが起こった背景などがよくわからなかったのですが、教育学者の佐藤学さんが台湾にいて、学生の行動について現地から情報を発信しています。それを内田樹さんがまとめてくれたりしています。佐藤さんや内田さんは、信頼できる学者だと思いますので、台湾の学生運動がどのようなものなのか、彼らの情報をもとに私も自分の思ったことを記しておきます。

まず、中台協定ですが、この経済協定は台湾のためになる=経済をより発展させるということで、国会で多数を占める与党が賛成し、審議に時間をかけず可決してしまったようです。(日本の政治状況とも重なります。)そして、学生たちはこの経済協定は長い目で見たら台湾のためにならないという「愛国心」から反対し、国会の占拠に及びました。当局は、もちろん学生たちの暴力や非合法性を宣伝し、機動隊を導入して力で排除しようとしました。しかし、本当の「愛国」はどちらなのでしょうか。与党政治家なのか、学生たちなのか?国民は、学生たちこそが「愛国」だと判断して、学生たちに対しての国民の支援が大きく広がっています。また、彼ら学生たちは、当局が宣伝するような「暴力学生」ではありません。彼らのやり方は「非暴力」でとても洗練されていて、機動隊の中にも学生たちに共感するものも出ているそうです。

現地から情報を出している佐藤さんは、この事態は「革命的」だと言っています。「革命」が起こるという意味ではありません。学生たちの行動のすばらしさや、その行動に対する国民の共感・支援の広がりが、台湾の歴史・政治の中で非常に意味を持つものとして『革命的』だ言うのです。そして、当然彼らの行動はほかの国の市民運動に対する大きな模範と影響力を与えることでしょうね。その証拠に、日本政府やマスコミはなるべくこの台湾の学生運動を取りあつかわないようにしています。数だけ勝る与党の暴走を、本当の愛国者たちが止めようとすれば、日本でも都合が悪いでしょうからね。ぼくは、台湾の学生運動に共感し、そして支持します。

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2014年3月27日 (木)

モンサントの不自然な食べ物

仙台の桜井薬局ホールで「モンサントの不自然な食べ物」をやっています。ぜひ多くの人に見ていただいて、今どんなことが世界で起こっているのか、そして今後、日本でも起こっていくのかということに興味を持ってもらいたいと思いました。それにしても、この映画を作った人たちの勇気にまずは敬意を表したい。例えば、原発事故の前で、日本で原発に疑問を呈するようなことを発言すれば、芸能人であれば仕事はなくなり、科学者であれば職場を追われました。モンサントのやり方も同じです。どんな汚い手を使っても、反対派を黙らせ追い落とし、自社でデータを捏造しまたは隠し、都合の悪い研究をする科学者たちから仕事を取り上げるのです。そういう権力のある大企業にとって都合の悪いことを描く、こういう告発映画を作ること自体、とても勇気が要ります。その勇気に応えるためには、この映画を世界の多くの人が見て、製作者にエールを送ることです。

モンサントは強大なグローバル企業で化学薬品会社であり、今は遺伝子組み換え種子を売っているバイオテクノロジーの会社です。日本とは無縁とは思わないでください。すでに、モンサント社製の遺伝子組み換え植物を使った食品は、日本にも大量に出回っています。北海道は県知事と一部の農家の人たちは遺伝子組み換え植物を栽培したがっています。そして、何よりTPP交渉というのは、このモンサントの利益になることを日本に押し付けてくる交渉なのです。アメリカ政府は、イコール、アメリカの多国籍企業の利益です。そういう仕組みを、映画では「回転ドア」=revolving doorと呼んでいました。農務省の幹部とモンサントの重役が、相互に入れ替わっているのです。日本でいえば、「天下り」です。いちおう民主主義の国なので、上から下に下ると表現しないで、横にポストがすべっていれ変わるのです。

モンサントの遺伝子組み換えの食品や牛に注射して搾乳量を増やす化学製品などは、モンサントと利害のない科学者たちは、安全でないと言っています。しかし、在来種と実質的には同じと言う理屈で「安全」とされてしまったのは、やはり原発の構図と同じで、「科学」ではなく「政治」だということを映画は告発していました。つまり、客観的な科学データや科学者たちの自由な実験や追試で「安全」とされたのでなく、政治的な判断で「安全」と考えるべきだとされたのです。また、モンサントの遺伝子組み換え農作物は、インドで南米で各地で、伝統的なコミュニティや自然に沿った持続的な生活を破壊しています。まさに、原発と同じ構図です。原発で疲弊している日本に、モンサントの遺伝子組み換え作物が入ってきたら、さらにどんなにみじめな日本になることやら。とても危惧しています。

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2014年3月26日 (水)

重要なベースロード電源とは?

自民党安倍政権になり再び原発推進の政策となったわけですが、その「エネルギー基本計画」では原発を重要なベースロード電源と位置付けています。こういう普通の人には良くわからない用語を使って、本質を見えなくするのは姑息な手段だと思いますが、「専門用語を使う」とか、普通の人が怖がってパニックを起こすといけないから「データは出さない、もしくはデータは控えめなものを選んで出す」というのが、相も変わらない官僚政治の本質です。

「みやぎ脱原発・風の会」の『鳴り砂』という会報の最新号が出ました。風の会には、そういう政治家・官僚に対抗できるだけの専門知識を持った人たち・データをきちんと読める人たちがいます。何も人材は政府側・官僚側だけにあるのではなく、市民側にもいるのです。この『鳴り砂』が、「ベースロード電源」の解説とその欺瞞を指摘してくれていますので、ぼくも勉強がわりに記事を要約してみます。皆様も、ぜひ「みやぎ脱原発・風の会」の会員になっていただき、一緒に考え行動し、支えあいましょう。

「ベースロード電源」とは、変動する電力需要のうち、昼夜でほとんど変動しない基底部分(ベースロード)を担う電源のことだそうです。なるほど、夏などは暑い昼間は電力使用量が大きく、夜は少なくなりますものね。「ベースロード電源」には、低コストで一定出力で長期間運転し続ける水力・地熱・石炭火力などが本来は当たるわけですが、原発推進派や電力会社は、原発こそが「ベースロード電源」と宣伝し続けてきたわけです。

さて、原発が安倍さんがいうような「ベースロード電源」ではないのは、まずコスト面です。「ベースロード電源」は低コストでなければいけないのに、事故の賠償費用や、核廃棄物のコストなどを考えれば当然原発は低コストでない。また、「ベースロード電源」はいつも動いていないといけないが、原発は定期検査のための運転休止が多い。その運転休止期間を短くするために何をしているかというと、『運転しながらのの定期検査」「定期検査前からの検査の準備」「検査をやめて稼働期間を長くする」「稼働期間を長くするためにより危険な燃料を使用する」といったことがなされており、これが福島の事故の前から各地であったトラブルや事故、死傷事故の原因となっています。また、結局原発をとめれば金銭的にはものすごい損失なので、「監視強化」という名での異常放置・様子見ということが常態化していて、もちろんこれは再稼働後に必ずや事故をもたらす要因となるでしょう。

さて、結論です。原発が「重要なベースロード電源」になってしまえば、運転継続が最優先され、検査期間が短縮化され、検査は手抜きとなり、長期間原発を運転するので劣化された箇所は放置されるということになります。事故は二度と起こってほしくないという願いとは逆に、原発の「ベースロード電源化」は、危険がいっぱいです。

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2014年3月24日 (月)

ビラまきの反応

毎週金曜日、秘密保護法反対のビラを「ストップ秘密保護法ネットワークみやぎ」の人たちと一緒に仙台の繁華街で撒いている。撒いていると、「そんなことはやめろ」などと罵倒されることもある。もちろん、世の中「秘密保護法」に賛成の方もいっぱいいらっしゃるでしょうから、なるべくそういう賛成の方々が持っている自由に意見・信条を持ち、表明する権利を尊重して、迷惑を掛けないように感情を傷つけないようにとは配慮してやっているつもりなのだが。

それにしても、国がやることは何でも賛成で、国の方針に逆らうやつは非国民だからということで、私たちの活動が憎まれるとしたら、なんだか怖い社会だなと思う。ヘイトスピーチのデモに参加して『殺せ」「出ていけ」と叫んでいる人を見ると、特別な人たちでなく、ごく普通の女性やサラリーマン風の人も多く、彼らが実に楽しそうにデモに参加しているという話も聞く。かなりの数の普通の人たちが、中国や朝鮮・韓国はけしからん、懲らしめないといけないと思っているように思える。戦争をする=国を守る、ことは必要で、戦時に政府が機密を持つのは当然、とごくごく普通の人たちがそう思っているのだろうか。

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2014年3月22日 (土)

キンドルの電子出版

アマゾンの電子出版キンドルで本を出版しました、内容は、おなじみイソップ物語「ありとキリギリス」を下敷きとした作品です。イソップ物語同様、キリギリスは春から秋まで歌い暮らし、ありは一生懸命働き続け、ついに冬を迎えます。さて、冬になり二人はどうなったか。結末がイソップ物語と少し違いますが、そこに現在の日本に対しての笑いを通した皮肉と風刺がこめられています。いろいろなイベントや集会で、(例えば原発問題・貧困問題・格差社会などなどを考えるイベント・集会で)どんどん演じていただき皆様で楽しんでください。庶民に親しまれてきた芸能『狂言』の形で書かれています。だから、誰もが演じやすい脚本になっています。アマゾンでご購入いただければ、どなたでも、どんな脚色でも、演じていただいて構いません。商業演劇として上演するのでなければ、上演料は頂きませんので、お好みの衣装を楽しく考えていただき、時にはセリフも変えたり付け足したりして、大いに盛り上がってください。本はこちらで買えます。

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2014年3月21日 (金)

光文社さん、がんばれ

光文社という出版社はいろいろなベストセラーを出している出版社でもあり、女性誌『JJ』「VERY」「女性自身」などの雑誌も出している。こういう女性誌は、ファッション、芸能界のことなどそういうことが記事の中心なのだが、そんな中で、こういう女性誌の中で原発問題とか秘密保護法の問題をこっそり取り上げてきていたので、骨のある出版社さんだなと、ぼくもこっそり応援していた。「very」で、秘密保護法の特集記事をやるということになり、その号が発売される前に、「内閣広報室」(安倍さんを補佐するところ)から、うちも取材してほしいという連絡が編集室にあったそうだ。発売前で、特集の中身も分からないのに、なぜそれが分かり内閣広報室が連絡してきたのか?

この世の中には、言論の自由を守る骨のある出版社さんが必要です。光文社さん、圧力に負けずにがんばれ。

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2014年3月19日 (水)

広井良典氏の「定常社会」

広井良典氏の「定常社会」という論考に、ぼくは共感しているので、河北新聞に載った彼の論考を要約してみようと思う。彼の論考は今年に入って3回載ったが、今日はその1回目だ。

まず彼は、アベノミクスの基調にある考え方を確認する。それは「経済成長がすべての問題を解決する」ということだ。それに対し、今の日本の現状はどうかというと、英国の「エコノミスト」誌に載った日本特集を彼は引用している。それは「ジャパン・シンドローム(日本症候群)」という言葉とともに、日本社会の本質的な問題点は人口減少と高齢化で、この問題では日本は世界の先頭に立ってこの問題に取り組むので、これは日本だけでなく、世界にとって意義があることだ、と指摘している。

ここでぼくは思うのだが、日本が抱えている問題は決して絶望的なことではない。むしろ、エコノミスト誌も書いているように、世界で人類史上初めてチャレンジする権利を与えられた壮大な実験であり、もし問題の取り組みに成功すれば、人類史上の歴史に残る名誉をこの日本という国は得ることができる素敵なチャンスだと思う。だが、解決の方向として、今までのような経済成長至上主義をとる自民党・経団連の方向では、この問題は解決出来ないと思うし、彼らのやり方ではせいぜい原発への執着と2度、3度目の事故で国土の破たんという結果になるのでないかと思う。

広井氏は千葉大で教えているが、若い人たちに小論文を書かせてみると、少子・高齢化を希望ととらえる若い人が多いという。それは、若い世代の関心を反映して、食糧・エネルギー・環境の有限性という観点から、あるいは東京への一極集中や都市と地方のアンバランスが生じているという観点から、人口減少が現在の問題点を改善する側面や可能性を見ているのではないかという。そう、若い人は、本能的に「有限」だと気づいているのではないか。それをむかしの成功体験を引きずっている人たちが「無限」の夢を追いかけてみても、所詮そんな夢には、(確実に利権にありつける人以外は)だれもついてこないのではないか。近頃の週刊誌の記事では、地方の年収300万円の「新・ヤンキー」の方が幸福なのでは?という記事が目につく。

人口が増えて無限に経済成長するというのは、日本の歴史の中ではほんの一時期に起こった特異な現象であり、9割9分方日本の歴史は、人口が増えも減りもしない「定常社会」だ。その特異な時期というのは、黒船ショックを受けてから2004年に人口1億2800万でピークを迎えるまでで、この間は日本社会が「成長・拡大」の坂道を上っていた時期であり、同時にあらゆるものが東京に向かって流れ、東京を中心とするシステムに編まれていった時期である。だが、人口が減少に転じ、それが日本社会に画期的な変化をもたらすことは確かなのに、これまでの延長線上に日本社会をとらえようと固執する人たちがいるということだ。(そのシンボルの一つは「原発」でもある。原発がなければ経済がダメになるというプロパガンダは、いまだに多くの人の心をとらえて離さない)

これまでの延長とは異なる、新たな豊さや幸福の形を考えていくべき時なのではないか?

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2014年3月17日 (月)

3.16 NO NUKES みやぎ

女川原発の再稼働に反対する集会とデモに参加。我々にはこんな原始的な方法でしか、嫌だ、おかしい、変だ、やめて欲しいという訴えをすることしか出来なく、推進派は国家予算も教育権限も握っていて、原発再稼働、新設、輸出推進にはますます巧妙な洗脳と言ってもよいくらいの手段がとられているが、声を出し続けなければ、異議なし、全員賛成とされてしまう。そのためにも声は上げ続けなければいけない。

福島原発が収束もしていないし原因も分かっていないうちに、他の原発を再稼働するというのは、たとえてみれば、事故を起こした飛行機の原因が未解明のままに、運航を再開しなければ航空会社も困るので、とりあえず再開すると言っているようなものだ。自民党・財界・官僚さん・安倍さんたちの目から見れば、事故は収束し、原因も解明済みというのだろうが、STAP細胞の論文の瑕疵を、インターネット上のあらゆる人たちが協力して見つけたように、本当の事故の原因は何か、事故は現在どういう状態であるのか、情報を公開して衆知で探ればよいではないか。現に公開されたデータから、事故は津波でなく、地震で配管が壊れ冷却水が洩れたと主張している人もいるのだから、もしそうであれば、他の原発を稼働するための前提が全部変わってくるはずだ。

ほかの原発を再稼働する前提に、30キロ圏内の住民の避難計画は入っていない。というのも、速やかに、事故の影響を受けずに住民を逃れさせるような避難計画など立てられっこないのだ。もし、また事故が起これば、住民は置き去りにされ被曝させられることになるわけであるが、住民を被曝させずに、避難する計画を立て、それを再稼働の条件にすれば、いつまでたっても再稼働は出来ない。だから、この際、住民は考慮に入れず再稼働を優先するということになった。次に、事故が起きれば、こうしてまた地元の住民は置き去りにされる。今でも続く被災地の人権侵害は回復されることなく、また将来へと受け継がれる。

火山の影響も再稼働では考慮しなくてもよいということになった。大津波もめったに来るはずがなく、考慮しなくてよかったのだから、火山の噴火や溶岩流が原発サイトに到達することも考慮に入れる必要はない。ちなみに、火山の大爆発の頻度は、歴史的には結構な頻度でこの1万年の間にもかなりの確率で起こっているが、九州電力の人に言わせれば、火山で原発サイトが制御不能のような状態になれば、それはもう人間の力ではどうすることもできないので見捨てて逃げるより仕方がない、というくらい「想定外」の出来事なのだそうだ。近い将来に火山が爆発したときに、その時の首相は菅さんのように、「逃げるな!」と叱ってくれるのだろうか。お国のために死ぬことをいやに美化する安倍さんだったら、どう言うのか?逃げろというのか、お国のために踏みとどまってと言うのか?

国を分割して、原発と戦争をやりたい人の国と、やりたくない人の国に分けたいくらいだが、原発は何しろ命と財産を人質にとられているようなもので、この国を分割すれば、被害を免れるというものでない。人質にとられているのから、無力ながら、やめてという声を上げる権利があると思っている。

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2014年3月15日 (土)

事実を認める

『アンネの日記』が、破損されたというニュースに関連して、この日記は本物ではない、つまり贋作だという説があることを知った。中学生の少女が書いたということが、ユダヤ人迫害の悲劇を際立たせるのだから、「日記」は中学生に仮託されたもので、ナチスのユダヤ人迫害の罪を告発するのためのプロパガンダに使われたものであるということを信じている一団があるのである。『アンネの日記』はなかった、真実でないと信じたい人たちというのは、自分たちに都合の良い歴史と歴史観を信じたい人たちで、不都合なことからは目を背けたい人たちだ。

「科学」にしろ「歴史」にしろ、真実を発見することはときに困難を伴うことがある。客観的な方法で、真実が発見できればよいのだが、時に発見は難しいこともある。だが、自分に都合の悪いことは、あったのか・なかったのかの客観的な詮索をする前から、なかったことにするというのは、あまりにも幼稚な態度だと思う。そんなことは、歴史上起こったはずがないと否定してみても、それが真実と向き合う勇気がないことからきていて、ないとした方が自分にとって都合がいいから、なかったと否定するのはあまりにも大人げない態度だ。あると認めると、プライドが傷つけられのだろうが、そんな弱いプライドなら、初めから「我が国の歴史と文化を誇りに思う」などと言わなければいいではないか。

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2014年3月12日 (水)

報道ステーション

昨晩の「報道ステーション」の特集は良かった。よかったというのは、視聴者に考えさせる番組になっていたということだ。マスコミは、視聴者に一方的にある立場の見解だけを与えるのでなく、対立する両者の言い分を公平に伝えて、最後は視聴者が各自判断できるような、そういう深く考えさせる番組を提供してほしい。NHKの番組内容は、とくに都知事選のあたりからひどくなり、見ると気分が悪くなる。NHKは、一生懸命「問題を伝えないように」しているし、「問題点には極力触れない」ようにしている。そうすると、見ても見なくても同じような、どうでもいい番組が延々と続くことになる。だが、「問題を伝えないようにする」という報道姿勢そのものが、すでに一方の立場に加担しているのだ。これで本当の「公共放送」と言えるのか?

さて、昨夜の報道ステーションは、通常100万人に数人の割合でしか発生しない小児甲状腺がんが、福島ですでに数十人見つかっている問題について、取りあげていた。原発事故とは関係がないという立場の福島県立医大・福島県・放射線アドバイザー山下氏らの主張と、それらに懐疑的な立場の主張とを交互に伝えていた。合わせて、福島県立医大と福島県が独占している甲状腺検査とそのデータの取り扱いと、それに批判的な医療関係者・報道関係者の見解と、さらに県立医大と福島県側の反論とを伝えていた。ぼくとしては、医療検査のやり方とそのデータの取り扱い方は「異常」だと思うので、問題点をとてもよく指摘していたと思う。外からああだこうだとつつかれたくなくつい隠蔽したくなるのがお役所体質なのだろうが、おかしいと指摘されれば、いやそうでないと「説明」したり、指摘された点を改善し、誤解を受けないようにすればよいのだから、やはりこういう報道番組があり、問題点を指摘すること自体意義のあることだと思う。「問題点は何もありません」という態度のマスコミでは、その存在意義が問われるだろう。

実際に甲状腺がんの手術をした子の母親が、番組ではインタビューに答えていた。その中で、放射能の問題は地域でも親戚でも家族の中でも考えが分裂する。夫は、「放射能のことは知らない方がいい。深く考えない方がいい」といったそうだ。きちんと原因を知りたいと思う人もいるし、知りたくない・考えたくないという人もいる。それが、現実としてある。

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2014年3月10日 (月)

平和を積極的に作っていく

平和を積極的に作り出していくことで国際社会に貢献し、かつその国の存在力を高めることに成功した事例としてぼくがイメージするのは、例えば北欧のノルウェーだ。パレスティナとイスラエルという対立する勢力の仲介を買って出て、自国を対話の場として提供し両者の合意を形成することに成功した。こういうのが、イメージとしては「積極的平和外交」という気がする。(言葉の定義として、学問的には間違っているかもしれない)

さて、日本の安倍首相も積極的平和外交を打ち出している。安倍首相は、相当マスコミのイメージ戦略が巧みな人である。その手腕は、決して低く見積もられるべきではない。現に、ぼくを始め安倍首相に反対する人や勢力の誰一人として、安倍さんを倒せないのが、そのすぐれた力量を証明しているともいえる。この「積極的平和外交」も、なんだか日本にとってとてもよさそうな言葉の響きとイメージだ。

だが、ここからはいつもの素人の直観でしかないが、どうも安倍さんの言っていることは、紛争中の領土は軍事力で守り抜く、アメリカ軍が攻撃されたら自衛隊が海外で攻撃できるということはもちろん、海外在住の日本人が、何か危険な状況になった時に、軍隊を派遣して邦人を保護するということが、その積極的平和主義の主眼らしい。危機になったらあらわれてくれる自国の頼もしい軍隊、涙ながらに感謝する海外在住邦人、そして邦人脱出計画一切の指揮を執ったかっこいい自分という、ヒロイズムが透けて見えるのだ。

海外で日本人がテロにあって、それを自国の軍隊が救出することのどこがいけない?現にアフリカの油田であったテロ事件でも、軍隊を派遣していたらもっと多くの日本人の命が救えたではないか、という人もいるかもしれない。だが、海外居留の自国民の保護を口実に自国の軍を派遣するというのは、20世紀を通じてあまりに多くの帝国主義国が自国の権益と海外資源を確保するために行ってきたことだ。日本が中国に侵略を開始したのもこれが口実だし、つい最近では、ロシアのプーチン大統領がクリミアを占拠する口実にも使われた。現に、プーチン大統領の言い訳は、本人以外のだれも世界で信じている人などいないではないか。

安倍さんの積極的平和外交が、北欧諸国のようにこの国際社会の中で高く評価され一定の存在感を示すとは思わないし、彼の考え方を支持しない。すでに、日本の平和憲法が、70年間も海外で戦争をしなかった日本という国の存在感を高めてくれていると思う。日本のことを好意的に受け止めてくれる海外の人が多いのは、日本製品の優秀さや日本製アニメの人気など、いろいろな要素が貢献しているのだろうが、やはり紛争の主体として軍隊を派遣して争ったことがない経験も確実に寄与していると思う。

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2014年3月 5日 (水)

河北新報の切り抜き記事

新聞で気になる記事があれば切り取ってとっておく。小論文のネタを集めるいい方法だよと、高校生にも勧めているので、自分でも実践しているのだ。河北新報の2面に「日本の航路」という特集記事があり、識者が震災の後の日本社会について自分の考えを論じている。第2回の高橋哲也氏の記事のまとめを自分の言葉を多少補って作ってみた。

高橋氏によると、震災後、原発や日米安保体制という戦後日本の犠牲のシステムが明らかになったという。それは、原発の被災者を置き去りにして原発推進・輸出をしようとしたり、沖縄で、振興予算を振りかざし知事を丸め込み、地元の民意を無視して基地建設を進めようとしたりするところに、犠牲を顧みない政権の冷酷さが表れているという。

なぜ、これほど冷酷になれるかを高橋氏は指摘する。安倍首相や麻生副総理は、祖先が大日本帝国の支配層で、生まれながらにして自分たちは統治者側に属していると考えているからだという。彼らの思考には、まず国家があり、そして統治する自分たちがいて、末端の国民は目に入っていないという。彼らは強者のための政治をし、それは、強いものに利益が回り、弱いものが顧みられない政治である。そして、それを支えているのは、本土では不要な基地を沖縄に押し付ける、そういう犠牲や差別の構造を知りながら知らないふりをする人たちである、とのことである。

知らないふりをするというのはどういうことか?かつてナチスは国民の無関心を背景に迫害の対象を広げた。人は、自分に害が及ぶまで自分は対象にならないと思っている。例えば、在日韓国人・朝鮮人に対するヘイトスピーチにも、自分は日本人だから差別されることはないと安心する。だが、いつか自分が犠牲になるかもしれない。

現代は、関東大震災をきっかけに大正デモクラシーから満州事変へと向かったあの時代に似ている。グローバル経済により日本社会がバラバラになり、格差拡大・非正規労働者の急増で社会に不満がたまったところに震災が起きた。こういう不満・不安を対外的に強硬な姿勢を取ることで、人気を得、なだめようとする勢力が力を得るかもしれない。

高橋氏の主張。「不平等や差別の上にしか日米安保や原発が維持できないならば、日本を根本から問い直し、組み替えるべきだ。根本から問い直すには、一番弱い立場に置かれている人の声を聞くべきだ。誰かを犠牲にした幸福は許されない」

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2014年3月 2日 (日)

岩波書店「科学」

大学生の時、岩波書店の「科学」という雑誌を購読していた。文系学部だけの小さな大学の生協の本屋で、「科学」という雑誌はそんなに売れなかったと思うし、ひょっとしたらぼくしか買っていなかったかもしれない。物理や化学は高校の時にわからなくなってしまっていたが、生物は受験科目として選択しなければいけなかったので、勉強してみたら案外面白くなった。物理や化学が、計算だけの抽象的な世界、人間的なものが入り込む余地がないような印象を受けたのに対して、生物はまだ人間臭い気がした。人間を含めて、生物や生命という自分自身を探求する学問だから。数学をはじめ理系科目は苦手だったけれど、苦手だからこそ、理系的なことも知らなくちゃならないし、文系と理系の総合的なことをこれからはしなくちゃいけないのではないかと、その当時たぶんぼんやりと考えていたのだと思う。

まあ、もちろん「科学」の購読はその後やめてしまったのだけれど、「科学」のことを思い出したのは、興味深い論文が載り、岩波書店さんが社会貢献という見地から、ウエッブ上で無料公開しているということを、人から教えてもらったからだ。論文は、福島原発の事故のデータから、事故は津波で起こったのではなく、地震により起こったということを検証している。理系の人や技術者であれば、データの解析はとても重要なことだということは分かってもらえると思う。事故当時の残っているデータから、事故は地震により起こったのか、津波により起こったのかを、科学者や技術者は科学的に論証すべきだし、論証することは可能であろう。

だが、科学と政治は別物だ。科学が政治の支配下にあれば、福島の事故は「津波により引き起こされた」のだ。そういう結論の方が、津波対策として防潮堤のかさ上げだけをすればよいので、原発再稼働や新設にとっては都合がよい。科学というものは、客観的な真理を発見できるものとして、近代、その威勢が信奉されてきたが、だが、経産省の官僚さんの内部告発小説「原発ホワイトアウト」などによれば、官僚は自分たちが一番頭が良いと思っていて、学者を馬鹿にして役にも立たない奴らだとみなし、結局「真理」を決定するのは、自分たち官僚さんたちだということらしい。

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