UA-92533382-1 石破氏の市民運動テロ発言: よつば農場便り

« 状況はコントロールされている | トップページ | 大防潮堤計画 »

2013年12月 3日 (火)

石破氏の市民運動テロ発言

自民党の石破さんが、デモで声を上げることをテロだと発言した。やはり自民党の先生方には市民運動がテロリストの活動に映るようだということが今更ながらわかり、残念であるが、こういう統治者と市民の意識の違いはどっちみち不幸なことだ。

本来の民主主義というのは、一つの議題を巡り言論で問題点を明らかにしていき、その問題点を克服して合意に至るものだと思うのだが、そもそも相手のことが(為政者は被統治者を、被統治者は統治者を)心底理解できないというのであれば、議論が生じる余地がないようであるし、この国が良い方向に行くとは思えない。だから、お互いが分かり合えず頭からその存在を認めたくないというのは不幸なことだと言ったのだ。

そもそもなぜ市民を声を上げるようになったのだろう。これは絶対に原発事故以降の顕著な現象で、一つの歴史の転換点だと言ってよい。ぼくもこれまで、デモに参加し声を上げてきたし、この1か月は仙台市中心部で「秘密保護法に反対です」と声を上げてビラまきをしている。声を上げないで黙っていれば、何もないものとみなされ、情報と権力と金力を握った一握りの人たちの思いのままになると気づいたのが、原発事故だったからだ。原発事故がなく、自民党の先生方が、ぼくたちを黙っていても夢のようないいところに連れて行ってくれるのであれば、誰も声を上げる人はいないだろうけど、原発事故は黙っておとなしくしていても被害だけは平等無差別にきっちり味あわせられるということが分かったのだ。だったら、知らないふりをしてないで、嫌なものは嫌とはっきり言うべきだと多くの国民が思ったのではないだろうか。

そしてこの「声を上げる」ことは、この国の民主主義とも関係している。この国は国民が国会議員を選び、国会議員がこの国の方向を決めるという「間接民主制」を取っているが、この間接民主制がうまく機能していないとしたら、主権者である国民はどのような行動をとればいいのだろうか。自民党・公明党の先生方は有権者の3割の人からしか支持を得ていないのである。しかし、選挙区割りや大量の棄権者や、供託金が高すぎて新人が立候補できないというようなもろもろの事情で、民意と国会の意思決定とでずれがあるとしたら、そこに直接制民主主義の出番もあるのではないか。その直接制民主主義の一つの形が、民衆が街に出て自分たちの主張を述べるというもので、民主主義政体の国では極めて健全なことだと思うのだ。

自民党の先生方も、市民運動が大嫌いというだけでなく、原発事故以降の民衆が力をつけてきていることに本能的に恐れをなしているのかもしれない。その焦りが「テロ発言」になったのだろうか。

|

« 状況はコントロールされている | トップページ | 大防潮堤計画 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 石破氏の市民運動テロ発言:

« 状況はコントロールされている | トップページ | 大防潮堤計画 »