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2013年9月30日 (月)

寺フェス

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仙台の若い人たちのグループが「寺フェス」つまりお寺を会場に原発のことなどを考えるフェスティバルを開いた。堅苦しくない集まりであることが良い。食べ物や飲み物のお店がたくさん出店していたり、仙台を中心に活動しているグループのブースが出ていたり、お寺の本堂で音楽ライブが行われていたりと、来た人が楽しめるように工夫されている。でも、楽しい中にも、出店しているお店がこだわりのモノを売っていたり、震災の復興につながる出店だったり、国がやらない放射能対策を自分たちの手で地道に行っている団体のアピールだったりと、よく考えて計画をしたことがとてもよく伝わってきた。そして何しろたくさんお客さんを集めることができていたので大成功のイベントだったと思う。

さて、この若い人たちのグループのやり方で感心したのは、資金の集め方だ。今、インターネットでこういう仕組みがあるのかと、とても可能性を感じた。インターネットの専門のサイトで、それぞれのグループが、こういう趣旨で、これだけの金を集めたいとプレゼンをする。そして、その趣旨に賛同する人が寄付をするというやり方だ。彼らはこれで見事、多数の賛同者を得て目的のお金を集めたのだ。

お金というのは馬鹿にできないものだ。原発が止められないのも、お金に執着する人が多いからだ。その原発利権の巨大な金額には足元にも及ばないが、お金の流れが変わることで世の中が変わるかもしれないという可能性を感じさせることが、実際すでに起こっているのだ。

ぼくの出したお金が、原発で発電する会社や原発を作る会社に使われてほしくないと願う。ぼくが銀行に預けるお金や税金が、人殺しの武器に化けたり、自然を破壊する巨大な公共事業に使われてほしくないと思う。だが、実際にそれは難しく、出したくなくとも公共料金や税金という形でむしりとられていき、そのお金の使われ方にぼくは口を出せない。だが、よい目的を掲げ、そのよい目的にだけお金が使われ、使われ方も会計の透明性も確保され、そして人々の信頼と善意とお金がこのチャンネルに集まれば、何か良いことが現実に未来の社会で達成できるのではないか、そういう可能性を感じるのだ。このチャンネルを太く大きくすることだ。そして、従来のお金が回ってきたチャンネルが細く枯れていくこと。夢想家のたわいのない夢かもしれないが、これを考えると、一時でもよい夢が見れる。

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2013年9月29日 (日)

楽天優勝

楽天が優勝して嬉しい。今年は本当に強かったが、球団創設1年目などはとても弱かった。その1年目に不満に思ったことがある。近鉄とオリックスの余った選手をもらったものだから、野球をちょっと知っている人が見たら絶対に勝てっこないとわかっている。だから、ファンは別にはじめから勝ってほしいと思っていたわけではない。楽しみと言えば、義父がいるために無理して楽天に来た岩隈投手と、そしてぼくの場合、美男子の田尾監督を見ることだった。田尾監督は現役時代のプレーのセンスも抜群でとても好きな選手だったのだ。奥さんも元モデルさんかなんかのきれいな人で、奥さんは地元紙にエッセーを書いて、転勤族の奥さんみたいに「仙台は食べ物がおいしいし、温泉も近くにあってとても住みやすいですねー」なんて書いていた。そして子供さんたちと一緒に仙台の生活を楽しんでいる様子がほのぼのと伝わってきて、そういうところがとてもよかったのだが、成績が悪いと言って、突然田尾監督が解雇となり、監督の家族も引っ越してしまったのだ。

誰が見ても勝てない戦力でその責任を取らされた田尾監督が気の毒で、せめて1年田尾監督と弱いチームがそれなりに頑張って成長していく姿が見たかった。東北の人は結果が出ないからと言って、すぐに腹を立てたりしない。暖かいファンが多いのだ。

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2013年9月26日 (木)

For the love of physics

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原発のことをはじめ科学技術について自分があまりにも無知だったことが、原発事故を引き起こしてしまったという反省に立って、原発事故後は改めて物理・化学・数学の勉強を始めた。それで、いま読んでいるのが"For the love of physicsだ。それほど数式が出てこないので安心だ。それで、その筆者がこのウォルター・レーウィン氏だ。この人、大学の講義が大人気でそれがユーチューブでも無料公開されている。何しろ、物理の面白さを伝えようと、体を張っての講義をするのだから。

それで、本を読んでわかったことは、人気が出るとか、有名になるというのはそれなりに理由があるということ。授業の準備のために朝早くから大学に行って入念に準備をするそうだ。いちおう、ぼくだって90分の講義のためにはその2倍の準備はしているつもりであったが、授業の準備という点だけでもウォルター・レーウィン氏の足元に及ばないことが分かった。本物には理由があり、偽物はしょせん偽物ということでした。

さて、この本「虹」がなぜ7色に見えるかなどの話も面白いのだが、文系のぼくは、彼の家族の思い出話に興味をひかれてしまった。彼のお父さんはユダヤ人で彼の一家はオランダで暮らしていた。ある時、ユダヤ人は目印の帽子をかぶるということになった。また次にある時、ユダヤ人はレストランに行ってはいけないということになった。そして次にまたある時、ユダヤ人は公共交通機関には乗ってはいけないということになった。お父さんをはじめユダヤ人は、初めは禁止されるごとに不便だなと思っていたが、やがて慣れ始めてしまって、慣れればそれが当たり前と思うようになっていったということだ。人間は、こうしてなんでも慣れていってしまうというところが、心に残った。ウォルター・レーウィン氏の親族や親せきの中でこうして強制収容所で亡くなった人もいるという。物理の面白さだけでなく、戦争のことも彼は後世に伝えていきたいという。

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2013年9月25日 (水)

昭恵さんがんばれ

昭恵夫人が「日韓交流祭り」に参加した。この人は、夫が必死に原発を他国に売り込もうとするときに、「心が痛む」と発言したり、韓国や中国への憎悪を掻き立て、国内問題から外へ目をそらさせようとしているときに、こんなふうに韓日友好促進に協力するのだから、ぼくのような立場の人間からすれば、とても頼もしい人で、がんばってくださいと応援したくなる。

ただ、原発推進派や軍備推進派が黙って昭恵夫人の言動を見過ごしているのだろうか?すぐ、裏を勘ぐりたくなる。もしかしたら、昭恵夫人の言動で反対派のガス抜きをさせて、原発も軍備も進めるところは進めるなんて、大衆操作の高等テクニックだったとしたらどうだろうか。現政権は「ナチスに学べ」が目標だろうから、マスコミ操作や世論操作は、ナチス以上に周到だったりして。

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2013年9月20日 (金)

モバイルハウス

宮城県の地元新聞紙河北新報が、建築家坂口恭平氏の「モバイルハウス」の紹介記事を掲載していた。この記事を見て、触発されたし、うれしくなった。

「モバイルハウス」とは、移動式家屋のことで、坂口氏がホームレスの人の知恵から学んだ広さ2畳、総費用2万6000円でできる住居だ。法律上「家」とはみなされないので、固定資産税はかからない。電気は太陽光パネルで発電し、バッテリーにため、部屋の照明やパソコンを賄う。「モバイルハウス」を置く場所さへ確保できれば、都心にだって安く住むことが可能だ。確か、坂口氏は、自身が熊本で、原発事故避難者や震災被災者のために、土地を提供し、「独立国」を営んでいたと思ったし、記事によると、坂口氏の賛同者が伊豆地方の山を一つ提供する話になったということだ。

坂口氏のモバイルハウスの話の根底には、この国の戦後を強固に支配していた体制の終わり声が聞こえる。この国の政治家や企業家は認めたくないことだろうけど、今後の日本社会の最大の問題は、空き家問題だ。この先日本の人口が8000万、6000万と少なくなっていく。過疎地から順番に、無人の空き家がどんどん増えていく。

この国の戦後のモデルは、人口も経済も増えて大きくなるということを前提にやって来た。そのいい時を味わってしまった人たちが、いまだに夢を追いかけていて、いくらでも公共工事や大規模宅地開発をやり、自然を壊しでてもやり続ければ、永遠に経済は必ず前年よりも大きくなると思っている。ところが、自然の限界を超えてまで、経済は大きくならないし、無理やり大きくしたところで人間の幸福が増えるわけでもないということを、今の若い人たちなどは本能的にわかっているのではないだろうか。新車が若い人の間で売れなくなったといわれるが、無理をしてまで新車を買わなくてもいいと思っているからだろう。

坂口氏の「モバイルハウス」は、この国が当たり前としてきた前提を崩してしまう。賢い支配者であれば、彼の危険思想に気付いて、逮捕しなければいけないところだ。「モバイルハウス」の賛同者が増えれば、原発もいらなくなるし、大規模送電網もいらなくなるし、土地にも家にも縛られなくなるし、とにかく、原発・公共工事・見返りの票といった、戦後70年を支配していた前提がなくなってしまうわけだ。

江戸時代が終わったのは、幕府を倒そうと誰かが武装蜂起したわけではない。江戸時代の前提が、もうすでに徐々にくづれていたのだ。江戸時代に生きていた人は、誰もが米を作りそれを年貢で納め、それが武士の禄米となるという前提をうたがわ無かったろう。だが、何らかの要因の積み重なりでその前提はくづれていたのだ。坂口氏のところには、興味を持った人がたくさん訪れているという話だし、伊豆の山を一つ提供したなんてスケールの大きい賛同者も出ている。絶対に倒れないと思っていたものだって、こうしていろいろな要因の積み重ねや偶然で、必ずいつか終わりの日が来るのだ。たとえ東京オリンピックで多少の延命があったとしても、歴史の運命は変わらない。

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2013年9月17日 (火)

超小型水力発電

宮城県の地元紙河北新報に、こんな記事が載った。『金型製造のプロスパイン(大崎市)は、磁気でコイルに動力を伝達する技術を応用した超小型の水力発電機を開発した』

水を落下させて発電する仕組みで、プロペラの後ろに隔壁を挟んで発電機があり、同社の非接触動力伝達の技術を生かし、動力伝達の損失が少ないのが特徴だそうだ。この会社では、自社の工場内の循環水でテスト発電をやっているそうだ。

こういう会社を応援したくなる。どうせなら、こういう会社の株価が上がってほしいものだ。

原発推進の電力会社から電気を買わず、電気の自給をしてみたい。小型で薄型の太陽光発電や電気自動車が普及し、そして自然条件に恵まれているところであれば、小型水力で、電気をよそから買わず、地元で作って地元で消費する時代が来ると思う。その時になってみれば、あれほど強力だった電力会社の影響力は、信じられないくらいに無くなったいて、かつては泣く子も黙る時代があったなんて、若い人は誰も知らないなんて時代が来るのではないだろうか。楽しみだ。

徳川の時代に生きていた人は、まさか徳川様の時代が終わるなんて誰も思っていなかったに違いない。江戸時代が終わったのは、多くの日本人がそう信じたいと思っているように、幕末の志士たちの活躍があったからではないと思う。その前に、江戸時代は崩壊していたのだ。崩壊の大きな原因は、武士は領地を納めそこからあがる年貢で暮らして行くという建前になっていたが、土地と米という封建制度を支える経済的な根幹が、商品経済などの発達で、まったく建前のみのものとなり、支配階層の武士は実際は、都会の給与生活者になっていたからだ。

日本人は自分から変わるのは苦手だ。革命や改革はいつも外からやって来る。でも、コンピューターが個人個人に普及して世界が大きく変わったように、自宅で安価に発電できる小型の機器が普及すれば、今の社会が前提としている社会基盤は、誰も押さなくても、勝手に崩れ去る。

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2013年9月13日 (金)

歴史は繰り返す

「歴史は繰り返す」。この格言は多くの人が知っているだろう。この後に続く言葉は?正解は「2度目は喜劇として」だそうだ。ぼくも知らなかったが、同僚の予備校の先生が教えてくれた。ナチスが、国威発揚のためにベルリンオリンピックを開催したそんな状況と、「ナチスに学んで憲法改正」と副総理が発言し、市民の自由を知らないうちに奪おうとする状況とが、似ているのではないかと、そんな話題が出た中で教えてもらったのだ。

東京オリンピックに浮かれてご存じない人もいらっしゃるかもしれないが、安倍さんは着々と手は打っていて、「秘密保全法」を用意している。この法律は、政府にとって都合の悪い秘密を、洩らした人、および漏らすように働きかけた人を逮捕する法律である。「政府にとって都合の悪い情報」とはなんだろうか?それは、時の権力にとって、市民(特に政府のやることに批判的な市民)に知られてはまずい情報だ。例えば、原発の事故に関するデータや、原発が安全であるという神話に反する情報などだ。

「秘密保全法」のほかに、世界で一番ビジネスしやすい環境を作る「雇用特区法」なんてのも用意されている。これは、企業さえ儲かれば、経済が活性化するという新・自由主義の考えに基づくもので、企業から見れば「費用」扱いになり「収益」を圧迫する「人」をいくらでも安く使い捨てにできる法律だ。何が、大事なことなのかという価値観が転倒してしまっている。ちょっとまともな経営者であれば、そんなことをして短期的な利益を上げたところで、長続きはしないということなど気づきそうなものだが。今の、大学生をはじめ若者は、「ブラック企業」という言葉に敏感だ。「ブラック」とうわさがたってしまえば、人も来ないし、モノも売れなくなるという、「常識」が通用する世の中になってほしい。

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2013年9月10日 (火)

東京オリンピック

東京にオリンピックが決まり、マスコミによると、日本中が大歓迎で歓喜にひたっているとのことだ。

ぼくは、安倍さんの「東京は安全だ」という発言には違和感を覚える。この発言に東北の人間として抗議の声を上げたいと思う。東北人魂が黙っていられない。「東京は安全だ」には、原発周辺の草ぼうぼうで人が住めなくなったかつての美しい農村風景は切り捨てられている。そして、もちろん進行中の原発事故も、汚染水垂れ流しも、健康被害も、奪われた自然との共生も、何もかも切り捨てられてなかったことにされてしまっている。

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2013年9月 8日 (日)

こうもり

仙台オペラ協会の「こうもり」を見に行った。日本語での上演で、筋が分かりとてもよかった。それになんていっても、誰もが聞いたことがあるおなじみの名曲ばかり。歌はもちろん素晴らしかったが、演技もみなさん素晴らしい「役者」ぞろいだった。とにかく楽しく過ごせた夜だった。舞台装置や衣装も素晴らしかったが、やる方は大変だろうなと思った。なんせ、お金がかかることである。こういう、文化的なものを地域が維持できるのか、ということでその地域の力が問われる。

地方のオーケストラや劇場の維持は、多分どこでも大変な現状があるはずだ。仙台には、仙台フィルがあるし、こうしてオペラ協会もある。市民一人一人がもっとコンサートに足を運ぶことが大事だと思うが、やはりパトロンというかスポンサーも必要なんだろう。仙台のオペラ協会は、地元デパートの藤崎が顔役のスポンサーさんだ。中世の自治都市堺は、やはり豪商などがいたから権力者に屈せず、利休のような文化人が生まれたと聞く。自分が住んでいるところを、面白くする、これが大事だと思う。

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2013年9月 4日 (水)

風評

東京にオリンピックが来ようと来るまいと、ぼくには別に利害が絡んでいないので、どうでもいいことだと無関心でいる。東京オリンピックに反対する奴は、非国民だなんて、言い出す人がいないことを祈るばかりだ。

さて、風評被害とはなんだろう。明らかにこれは、風評被害だ、というものは、例えば、食品会社Aの食べ物に対して、ライバル会社Bが何の根拠もなく、A社の食品に毒が入っているという風説を流し、その全く根拠のない風雪を消費者が信じることで、A社に損害が生じれば、明らかにこういうのが「風評被害」だろう。

さて、東北の農産物等に生じた風評被害に対しては、とても微妙なところがある。上述の例の根拠のない風説に対して、原発が東北の各地に放射性物質をまき散らし、海にもそれが流れ出てしまったことは事実だ。だが、幸いに、陸上の場合、土に放射性物質がたくさんあっても、農産物にそれが全部移行するとは限らないということが分かった。だから、風評被害を防ぐためには、積極的に情報開示をして、農産物に放射性物質が含まれていないということを科学的に証明することが、いちばん合理的だと思うのだが、話はそうも簡単にいかない。我々原発事故の被害者自身が、事故を直視したくないがために、事故をなかったものにしたいがために、放射性物質の存在を積極的に認めて、これと向き合おうとしてこなかった。だから、積極的な情報開示もしてこなかったし、科学的な測定で無害を証明するということにも消極的であった。また、「泣く子を起こすな」論というのもある。「放射性物質は含まれていません」と、宣言すること自体が、消費者に放射能のことを思い出させ、不安を呼び覚ますことになる、だから、放射能のことには一切触れるなというわけだ。

東京オリンピック誘致の旗振りをしている人たちが、いま「風評被害」を語っている。「風評被害」は、まず言葉の定義から確認しないといけないし、当事者たちにとっては、とても微妙な問題だというのは、上述した通りだ。福島原発が絶対安全だというにもかかわらず、東京でオリンピックをやるのは安全でないという風説が世界に広まっているのであれば、それは東京のライバルが流した「風評被害」だろう。だから、まずは、福島原発が安全であるかどうかの、科学的な検証をして、その情報を開示することが、風評被害を打ち消すいちばん合理的なことだと思われるが、しかし、そこには、上述したように、現実を直視したくないという心理や、「泣く子を起こすな」論などもあり、とても微妙な問題になるのだ。加えて、情報提示者である、東電や日本政府は、本当に信頼できる情報提示者であるかという問題や、事故の現状が科学的に把握できて評価することなど果たしてできるのかという問題もある。

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2013年9月 3日 (火)

子供引取り

小学校から緊急連絡がきた。「今朝、地区内で起こった強盗事件の犯人がまだ捕まっていないので、下校時は保護者が子供を迎えに来るように」とのこと。どんな事件であるか、概要は分からないが、物騒なことだ。小学校へは、夕方5時過ぎに迎えに行き、子供を引き取って帰宅した。

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2013年9月 1日 (日)

シリア空爆

アメリカがシリアを空爆するかもしれない。シリアの市民は空爆を見越して、市街地からどんどん逃げているらしい。軍の施設もアメリカからの襲撃を恐れて軍人が逃げているという話もあるが、逆に、反体制派人たちを軍の施設に集めているという情報も。そうだとしたら、これは人間の盾だ。シリアとしたら、アメリカの空爆で無辜の人がこんなに殺されましたと世界に向けてアピールできるわけだし、反体制派の処刑の手間も省けるわけで一石二鳥だ。

しかし、政府にたてつくということは勇気がいる恐ろしいことだ。日本も憲法が変えられ集団的自衛権などを認めようとしているが、言論の自由も守られるのだろうか?政府のやることに反対するものは、つかまって「人間の盾」にされるなんて悪夢のような日は来ないでほしいものだ。

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