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2013年5月30日 (木)

電気料金値上げ

宮城県の地元紙「河北新報」は地方紙の中でも特に頑張っている新聞だと思う。おそらく、「東京新聞」「中日新聞」「河北新報」は3本の指に入るのではないか。「河北新報」5月26日付に、杉山氏の投稿が大きく載っていたので、その趣旨をまとめる。

各電力会社の赤字合計は1.3兆円である。赤字になったのは原発が停止していて、火力発電などに使うための燃料費が高騰しているから、というのがマスコミが(そして電力会社・政府自民党が)国民に信じさせたいシナリオである。(そして、だから原発を動かさないと「大変なことになる」ということも、国民に刷り込みたい)

しかし、各電力会社の原発維持費の合計が1.2兆円ということも分かっているので、これはどういうことかというと、実は、赤字というのは原発維持コストのための赤字であって、燃料費高騰のためではないということだ。

じつは、燃料費の高騰や円安の影響というのは、電力会社の場合、自然に電気料金に上乗せてしてもよいことになっているので、燃料費や円安のせいで会社が赤字になることはない、特殊な会社なのである。

ということは、電力会社が原発にしがみつかず廃炉にすれば維持費もかからず、黒字になるのだ。東北電力も計算すれば昨年赤字どころか250億円の黒字になっていたはずなのだ。今後もガスタービン・コンバインドサイクル発電所の開設なので燃料費が削減されることが見込まれ、東北電力は社員の給与のカットもせずに済み、電気料金値上げの申請もしなくて良いはずなのだ、金くい虫の原発さえ維持しなければ。

と、こんなふうに「河北新報」は震災前・原発事故以前から、政府推進派の意見だけでなく、反対派の意見も公平に扱い、原発がある地元の新聞として責任ある報道姿勢を貫いてきたので、私は「河北新報」を応援している。

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2013年5月28日 (火)

歴史認識

改憲派の主張は、「憲法はアメリカに押し付けられたもの」。これと関連し、極東裁判も、勝者の一方的な裁きで不当だというもの。そこまで言いながら、現在のアメリカには無条件で追随するのも、こういう主張をする人たちなのはなぜなのだろうか。アメリカの核戦略と、そこから生まれた原子力発電を無条件に受け入れてきた。

自主憲法というのなら、アメリカの戦争犯罪をしっかりと告発すべきだ。広島長崎に原爆を落として、非戦闘員を無差別殺傷したこと、東京大空襲をはじめ、無抵抗の非戦闘員を大量虐殺したことを、しっかりいうべきだろう。アメリカは、誰からも戦争犯罪を告発されなかったので、ベトナムで、イラクで、そしてアフガニスタンで、無差別殺戮をくり返している。

こういったからとて、日本の犯した戦争犯罪が軽減されることもないのだが、憲法を変えると言っている人たちの、ご都合主義を見れば、不信感は隠せない

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2013年5月25日 (土)

憎悪発言

いま、高校生向けの教材を執筆してて、来年4月から販売する予定だ。小論文を書くための副教材なので、文科省の検閲は受けない。しかし、編集部からは、ホットな話題については、両論併記で過激にならないように、と釘を刺されている。小論文入試は、高校生の社会に対する関心なども問われるので、時事問題ネタもたくさん出題される。そこで、毎年、この副教材は、最新のネタに更新している。だから、ぼくは、1年半くらい前から現在までの日本内外の動きを改めて振り返っている。

それで、いまぼくが高校生に伝えたいと思っていることは、「憎悪発言」(ヘイトスピーチ)の問題だ。これは、在日外国人に対して「殺せ」「国に帰れ」などの憎悪発言して、街頭をデモして歩く団体がついに日本でも出たということだ。『殺せ」なんて言う言葉は、当然過激すぎるということで編集部の自主規制にあって教材に載せられないから、こういう人種差別的なことが日本に存在するという衝撃を若い人にどう伝えたらいいのか、ぼくは悩む。

とりあえずぼくとしては、「憎悪発言」(ヘイトスピーチ)は、国連の人種差別撤廃条約で禁止されているという事実と、日本もこの条約に批准してはいるが、憲法の「表現」の自由との兼ね合いで、国内では「憎悪発言」は禁止されていないという事実を、若い人たちに伝えるしかない。そもそも、ホットな話題なので、高校の先生からクレームが来てもまずいので、この件は取り上げないでほしい、なんて編集部から依頼が来なければいいが。

若い人たちには、大いに期待したい。でも、20代、30代の人たちはそもそもあまり選挙には行かない。だから、日本の方向を決める際には、あまり彼らの意見は顧みられない。しかし、各種の調査で若者が保守化しているということも伝えられる。20代で、「男は外で働き、女は専業主婦」という価値観を支持するものが50パーセントを超えたという調査がある。「こんな軟弱な憲法があるから、日本は外国になめられているんだ」という主張に共感する若者も一定数以上はいそうで、残念だ。

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2013年5月22日 (水)

汚染水問題

福島原発の事故は収束しそうにない。今、一つの問題は、山側から地下水が現場にどんどん流れ込んでくることだ。東電および政府は、この地下水と、あふれた汚染水を海に放出したいと思っている。中曽根氏とともに原発を推進してきた読売新聞も海への放出という社説で、電力会社と政府を応援する。

山から流れ込む地下水が現場で汚染される前に、くみ上げてこれを海に捨てたいと東電は計画している。これを福島の漁協に説明したら、当然漁民たちは拒否である。これ以上、海を汚染してほしくない、漁の仕事が再開できないのでやめてもらいたい、というのは当然の気持ちである。

ところが推進派は、この水は現場に入る前に汲み取る水であるので安全であると主張し、実際に業者が調べて安全だったということで、漁民たちの無知を、新聞なども動員して何とか正して、納得させようとしている。だが、この調査をした会社というのが、関西電力系の業者というのだから、誰が信じられるだろうか。どこまで行っても推進派はムラで固まっているのだ。これでは、ムラの中で異論は出るわけがないし、以前と同じで結論が先に決まっていて、調査は単にお墨付きを与えるだけのものである。

さて、推進派の最大の狙いは、現場の汚染水を海に投棄することだ。東電は放射能除去装置ですべて基準以下の値にして捨てるので大丈夫と言っているが、まずその基準値は、国際原子力機関IAEAなどが設定している高めの値である。IAEAは原子力を規制する機関ではない。原子力を推進する機関で、原発を動かすという利益のために、ここまでの不利益は受け入れて当然という基準を定める機関である。

また、放射能除去装置ではトリチウムは取りきれない。トリチウムは六ヶ所再処理工場の試運転でもすでに、三陸の海にまき散らされている放射性物質だ。推進派は、トリチウムは安全で問題ないと言っているが、他の放射性物質以上にやっかいな面がある。それは、トリチウムが水素との同位体であるということだ。生物は体の中に水素と間違ってトリチウムを取り込んでしまう。トリチウムは遺伝子の水素結合が起こる部分で水素に代わって使われ、そこで放射線を出して崩壊する。その時に、生物の体に相当な影響が出るというふうに予測される。人間だけでなく、すべての生物にとって影響が懸念されるのである。

原発再稼働、原発輸出へと、どんどん突き進んでいる。しかし、目の前の事故さえ収束させることは困難なのである。原発直下の活断層は調べるが、事故が起きた時、周辺の地下水の流れがどうなるのかなんて、調べもしないで原発を建てている。しかも、政府に申請した設計図を勝手に現場で変更して原発は建てられているのだ。実際に福島でも、事故現場にカメラを入れようとしたら、図面にない配管が出てきてカメラを入れられなかったのだ。こういう状況で、次は柏崎も再稼働させるのだという。

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2013年5月19日 (日)

自然な建築

岩波新書で隈研吾「自然な建築」を読んでいる。隈研吾氏は、震災後の東北の被災地で「みんなの家」を建て、日本中、世界中から注目を浴びている建築家だ。世界的な建築賞も受賞した。

建築家というと、(特に、芸術系というか巨匠系の人は)、素人から見るとわけのわからないものを設計しているというイメージがある。建築家の人たちが、個性だと言って勝手で無軌道な建物をどんどん建てたから、今日の雑然とした日本の都会の風景が出来上がったものと思っていた。だから、ぼくはいわゆる「モダンな」建築が苦手で好きになれないのだが。

だが、隈研吾氏はそういう「モダン」を否定して、それを超えるものを作りたいというのである。もちろん、単純に昔に帰れというのでなく、地元の自然とつながり、その自然とのつながりを断ち切らないで結びつける建築を、新しい技法を使いつつ作りたいのだという。

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2013年5月17日 (金)

大雪りばぁねっと

NPOは新しい「公共」の担い手として期待されているが、このごろは数も増えてきて玉石混淆。原発を推進し、かつ経産省の役人の天下りを受け入れるためのNPOなんて言うのもある。岩手の沿岸部で津波の被害が甚大だった山田町で起きた問題、これも復興で使われるはずの税金がどうなったかということを広く知ってもらうために書いておく。(もちろん、いいことはニュースにならないので、1件の不祥事の陰には無数の善意の話があることは、お忘れにならないでほしい)

津波で、町職員の方たちの多くも犠牲になった山田町に、北海道のNPOが、支援に入る。こんなときは、どんな小さな支援でもうれしいものだ。やがてこのNPO大雪りばぁねっとは町から復興事業を請け負い、町の人たちも100人単位で雇用する。ところがである、年度途中で運転資金がなくなってしまったいうことで、町民は解雇。使途不明金が5億円くらい出ている。

このNPOは本業が土建屋さん。理事は両方の経営に携わっている。町の方は、いったい町が預けた金はどうなったのかと聞いているが、理事は知らぬ存ぜずで、領収書や書類も一切残ってないという。まあ、わかりやすい話としては、NPOで得た金を本業の方へ還流させたというか、付け替えたというか、そういう古典的な手口らしい。また、ぜいたく品を購入した跡が残っているということなので、常識的に考えたら、理事さんが夜の街で豪遊したというのが、いちばん納得できるシナリオである。GDP的観点から見れば、夜の街で使ってしまった金も、被災者の給料になるはずだった金も、同じだけの経済効果を発揮したのだろうが、失業した被災者はやりきれない。

町の方では、委託した金が戻ってくる見込みもないので、町の予算で無くなった金を補てんすることにして、町議会もそれを承認した。しかし、そんな筋が通らない話はないと、一部の町民が町議会の解散を求めて署名活動に立ち上がる。田舎の全員が親戚かまたは知り合いの町で、こういう「YesかNoか」を迫る対立がいかに、地元の人の心や人間関係を破壊するものか、ぼくにはよくわかるので、とても気の毒だ。(要は、「踏み絵」のようなものなのだ)。町も気の毒だ。被災した当初は、本当に右も左もわからない状況だっただろうから、このNPOや理事がどんな評判の人物だったかなんて調べもしなかったろうから。

まあ、無くなった金のゆくへはいまだに「やぶの中」なのであるが、大切に使ってほしい税金が消えてなくなってしまったというのは事実らしい。

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2013年5月15日 (水)

日和見菌の話

さて、先日「脱原発世界会議」に私をパネラーとして呼んでくれた伊藤さんが、仙台に来てくれた。そこで、お話を伺って示唆を得たのは、「本気で脱原発を考えている人は全体の1割くらい、本気で原発をやりたいと考えている人も全体の1割くらい。後は、どっちつかずの人たち。それは、腸内細菌の分布に似ていて、善玉菌が、1,2割、悪玉菌も1,2割、そして日和見菌が残り全部。これが自然のバランスなのだろうから、悪玉菌にも存在意義があるし、人間が健康でいるためには日和見菌が、どっち側について行動するかが大事。だから、脱原発も、世論の過半数以上を取ろうとするから苦しくなるので、まず本気の人を2割にすることをめざすといい」というお話。

運動をしていると、いつも出くわす顔が同じ(でも、それはもう何も言わなくてもすぐ分かり合える、という良さではあるものの)で、運動の広がりがなかなかないなと感じていたので納得がいくお話だった。たぶん、、原子力ムラでもどこに行っても出くわす人は同じという狭い世界だというのは、似た事情なのだろう。だからこそ、彼らも「どっちでも特に変わりはない」と思っている人たちに対して、マスコミと有名人を大挙動員して、自分たち陣営に入れようとしていたのだろうが。

ところで、腸内細菌の話というのは、広く自然界に共通する話なのかも知れない。前、北大の昆虫学者が書いた『働かないアリに意義がある』という新書を読んだ。とても面白かったのだが、あの働き者と誰もが思っている働きアリの世界にも、必ず何割かは働かないアリがいるということだ。そして、面白いことにまじめに働くアリをその集団から取り除いてしまうと、怠けている中から、また何割かが働きものになり、そして、怠け者も必ずまた出てきて、集団全体に対する怠け者の割合は以前と等しくなるということだ。

会社勤めをしたことがある人ならだれでも知っているでしょうが、1:8:1の法則とか、2:6:2の法則というのがある。これは、会社に利益をもたらし先頭に立って働く人が、その組織の1,2割で、組織の足を引っ張り害をもたらす人も全体の1,2割で、そして残りの6~8割はただ組織にぶら下がっているだけで、良くも悪くもないという法則だ。そして、利益をもたらすエースがその組織をやめてしまえば、6~8割の中からエースとなるものが出てきて、結局組織というのはどこまで行っても、1:8:1とか2:6:2になるという法則だ。だから、経営者がエースだけが会社に残ってほしいと思って残りを解雇してもダメであって、それは「働かないアリにも意義がある」という自然法則とも、どこか一致するようで面白い。

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2013年5月13日 (月)

インコの秘密

うちには子供が世話している雄のインコがいる。インコは、金魚のようなペットと違い、犬に近いペットだと思う。というのは、ペットと人間の間のコミュニケーションや感情のやり取りが成り立つからだ。だから、一緒にいると「癒される」と感じることもままあるのだ。そして、インコは何しろ頭がいい。その秘密が、昨日「ダーウインが来た」という動物番組でやっていたので、娘と一緒に見てなるほどそうかと、二人で納得した。

1.なぜインコはしゃべるのが得意なのか?

ほとんどすべての動物と同じく、インコもオスがメスに求愛する。オスはどうやってメスに自分を選んでもらうのか?メスは、自分の鳴き方に近いオスをパートーナーに選ぶ。そこで、オスは、メスの鳴き方に合わせ、最後は同じように鳴けるようになる。実験によると最初はオス・メスの鳴き方の声紋を取ると全く違っていたのに、5週間後には、オスの声紋がメスの声紋にほぼ一致する。そういうわけで、マネをしてしゃべれるようになるのはオスだけで、メスはしゃべれるようにならないという。

2.なぜ、インコは物まねが得意なのか?

野生のインコは集団で生活していて、仲間たちと一斉に同じ行動をする。そうした方が、天敵のハヤブサから逃れたりすることができる確率が高くなる。つまり、マネする能力の高いものが生き残ってきたということ。

そういうわけで、ためになった番組だったのだが、うちの「ピッチャン」も頭は良い。桃太郎のお話と、宮沢賢治の詩の暗誦ができる。大好きなお母さんや子供たちの足音や声が遠くから聞こえてきただけで、もううれしくなって、鳴き声を上げる。誰の足音、誰の声というのが分かっているのがすごい。

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2013年5月10日 (金)

ファシズムの精神分析

大学の時に歴史や政治について勉強したことを思い出す。どうして、日本やドイツは、軍国主義やファシズムに行ってしまったのかを、いろいろな角度から勉強したものだ。ファシズムの精神分析であるエーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」なんていう古典的名著は読みごたえがあった。

それで、今の日本の状況は、ドイツがファシズムへ向かう過程とよく似ていると思うのだ。安倍首相が、対外的に強気な発言をし、それを国民が強く支持する。支持している人たちの言動を分析してみると、いわゆる『ヘイト・スピーチ』(憎悪発言)をして「在日韓国人や中国人は国へ帰れ!」と言っている人たちだ。そして、この人たちは、生活保護の不正受給は許さないと、叫んでいる人たちだ。

こういう排他的発言をしている人たちは、特権階級に属する人たちでは決してない。むしろ、恵まれておらず何らかの不満を抱えている層だ。ヒトラーが、なぜあんなふうに大衆の支持を取り付けたのか。自らの社会の中に敵を作り、不満を抱えている人たちの矛先をそこへ向けさせたからだ。

ヘイト・スピーチをし、生活保護受給を許さない層の人たちは、安倍氏の雇用の流動性政策にも賛成する。経団連が、雇用の流動性を支持するのは分かるが、今の日本で決して恵まれているとは言えない層の人たちこそが、雇用の流動性を支持するのはなぜか?それは、「正社員の雇用が守られすぎているから、俺たちの仕事がないのだ」という心理だ。だから「社員を首にしやすくするのに賛成」というわけだ。社会のうちに敵を作り、分断を生み出し、それによって強い大衆的支持を巧みに取り付けた、ヒトラーと重なる。

大衆は、自分たちが熱狂することで、自分たち自身の足元を掘り崩していることに気がつかない。在日外国人を排斥し、弱者を隔離し、雇用を不安定にすれば、それは全部自分たちに帰って来るとは思いもしないで、ヒトラーのファシズムに飲み込まれてしまった。ファシズムの分析本には、無力な「知識人」も出てきたはずだが、どんな内容であったか忘れてしまった。

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2013年5月 8日 (水)

黒い雨

井伏鱒二の原作で今村昌平監督の映画「黒い雨」を見る。矢須子役の田中好子の演技が素晴らしかったし、わきを固める北村和夫、市原悦子、小沢昭一、三木のり平さんたちの演技も素晴らしかった。スーちゃん自身もなくなってしまったし、出演した多くの人が実際に亡くなっているので、そういう現実を知って映画を見てしまうので、余計見て感じるところがある。

『黒い雨』は、原爆投下後の広島で、黒い雨に当たった田中好子を、戦後、結婚させようとする北村和夫らおじさん夫婦の姿などを描いている。原爆投下の広島にいた人たちに対しては、世間の偏見の目が向けられ、スーちゃんの縁談話もなかなかまとまらない。

アメリカ政府も日本政府も、原爆の2次被害は認めていない。原爆のすさまじい殺傷力は隠しようはないが、「最初の爆発で死ぬべき人は死んでしまった」という見解で、爆発後市内に入って内部被ばくしたり、黒い雨に当たったり、低線量被曝して健康被害が出たということは認めていない。これは、アメリカの核使用の正当性を認めるためであり、日本政府はその見解に追随し、補償の範囲を狭めようとし、広島や長崎にできた研究所も、全部アメリカ政府の意向に沿って研究してきた。

ということを、福島原発事故後、人に教えてもらったり、自分で勉強したりしてわかった。

それにしても核や戦争の悲惨さを改めて「黒い雨」で感じることができた。

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2013年5月 6日 (月)

里山

昨日の朝の全国FM番組で、宮城大の風見先生が、里山での子供たちの活動のことを話していた。北海道の里山で、C.W.ニコルさんたちがやっている里山に子供たちを招いての活動のことを報告していた。

里山が、人と自然が共生する日本独特のユニークな共生形態であること、近年欧米でも「コモンズ」(=共有地、入会地)という概念が出てきて、まさに日本の里山がコモンズだということ、里山が持つ教育的な側面などを話していた。

このお話は、すべてもっともだと思ったが、原発事故後の里山がどのように変わってしまったのか、という考察がないのは、正直言って違和感を覚えた。もちろん、全国に流す放送なので、原発事故のことに触れるのはタブーなのだろうが、福島や宮城の里山の人間活動が、どうなってしまったのか、薪ストーブもたけなくなったし、山菜採りもキノコ採りもできなくなったことなど、つまり、原発は世界に誇る人間と自然との共生も断ち切るものであることはきちんと押さえておきたい。

「コモンズ」という考えはカナダの女性経済学者が提唱している。彼女の著作をぼくも読みたいと思っていたのだが、欧米人が南北アメリカ大陸でやった蛮行も、語り継いでいかなければならない。そもそも、ネイティブアメリカンには土地の所有という概念がない。土地は、神から与えられたもので、人間を含めすべての生命の共有物である。そういう彼らの考えにつけ込み、所有の概念を持ち込み、とんでもない安い金額で土地を買い取ったりだまし取ったりしてきたのが、南北両大陸の歴史だ。このあたりも、もう少ししっかり勉強してみたいと思っている。

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2013年5月 4日 (土)

世界遺産考

富士山がなかなかすんなりとは世界遺産に正式登録されない。それは、三保の松原のせいだ。三保の松原は、砂浜が焼失しそうなので、消波ブロックを海中においていて、これが著しく景観を損ねているのだ。そして、日本の海岸でよく見るこうした護岸工事は、実は普通の外国人の目から見れば、大変奇怪なものに映るのだ。だから、世界遺産の審査員が手放しで認めてくれないのだ。

むかし、(震災前だったが)、ニュージーランドから来た職場の同僚に、日本の海岸はなんて醜い(ugly)んだ、とがっかりされたことがある。

三保の松原の砂浜が焼失してしまうのは、海のせいではない。川から供給される砂が少ないのだ。なぜ、少ないかと言えば、ダム工事がたくさん行われているからだ。国土の美しさを失わせている人たちは誰なのだろうか?

ぼくは、京都の下賀茂神社で見た、糺の森のようなものこそ、日本が世界に誇る「世界遺産」だと思う。自然を敬う日本的な宗教心から長い間神域として手つかずでたもたれてきたところだ。

自然を食い物にして、ダム工事ばかりやって、自然もそしてそこにまつわる暮らしや文化をすたれさせている人が、そう人こそかえって、「国を愛せ」と声高に叫び、「社会秩序を維持するためには、言論や集会の自由を制限できる」ように、憲法を変えようとしている。どうしてそういう人たちのことを信頼できよう。結局、自分たちのやっていることを、人から非難されないため、非難すること自体を罰するために、偽の愛国心を身にまとっているだけだ。

富士山の留保付き世界遺産登録は、一つの象徴的な出来事だと思う。多くの人は、すんなりと世界遺産に登録されず、残念に思うかもしれないが、これは現状の日本の象徴的なことなのだから、この出来事の陰にどのようなことがあるのかを。もっと多くの人が知ってほしい。

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2013年5月 2日 (木)

アレルギーの最新知見

英語を教えていると自分自身も啓発されることがあります。今の英文の素材は、実用的なものが多いのが特徴です。むかし、私が大学受験をする頃は、ラッセルのような哲学者の人生哲学めいたものをたくさん読まされたものですが、今は、最新科学の知見の紹介など社会の、ありとあらゆる分野の話題を取り扱っています。

さて、「家にペットがいると子供がアレルギーになりやすい」と思っていませんか?これは、ほぼ常識として私たちの間に刷り込まれていますが、最新の調査によると、この常識は間違いで、その反対、つまり「家にペットがいると子供がアレルギーになりにくい」とのことです。

その仕組みは、ペットとの接触によって、子供の免疫系が良い方向へ影響を受けるからということだそうです。清潔すぎる、いわゆる無菌状態を作ろうとした現代社会がどうやら間違っていたのかもしれませんね。

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