UA-92533382-1 2年: よつば農場便り

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2013年3月12日 (火)

2年

震災と原発事故から2年がたった。先日NHKで福島の除染について報じていたが、私が興味を持ったのは、山の除染だ。福島でも、宮城でも、岩手でも豊かな山林や里山が広がっていて、私の大好きな風景だった。そこに、放射性物質が降り注いでしまった。広大な山林を除染することが果たして出来るのだろうか、山とかかわり薪をもらったり山菜をいただいたりする生活が果たして再びできるのか、というのが私の関心事だ。

番組では、山の杉を1本倒していた。そして、上・中・下と高さに応じて分けて、杉の葉を採取して放射線の高さを調べていた。その結果、杉の木のてっぺんにある方の葉の放射線量が依然として高い、だから山林の放射線量もあまり下がっていないということが分かった。

ここから分かることは、なにかというと、山林に降りそそいだ放射性物資が、山林の床土に落ち、そして再び根から吸収されて木に入り、循環を始めているのではないか、ということだ。杉の木はかなり背が高い。でも、驚くべきことに何十メートルの高さまで植物は、水や養分を吸い上げるのだ。てっぺんは生長点だから、優先的に栄養分等が送られる。だから上の方の葉に放射性物質が濃くたまる。

こうして放射物質の循環が山で始まってしまったら、長い年月の間、山の放射線は下がらないだろう。だが、逆にこうして山や森が放射性物質を捕まえてくれているから、里の方(人が住むところ)に放射性物質が拡散しないで、人が住んでいられるのかもしれない。まさに『風の谷のナウシカ』の世界だ。

人類が経験したことがない原発事故で、その後放射性物質がどのようにふるまっているのかをしっかり研究すべきだ。(あってほしくはないが、その経験やデータが第2、第3の事故にも役立つ)。だが、そういう地味だが、大事な研究は、民間人・市民放射能測定室や篤志の研究者が、ボランティアでやっている。山の科学的な状況がどうなっているのかを確かめもしないで、除染を行えば、大事な復興費用がゼネコンの餌食になるだけだ。

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