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2012年12月31日 (月)

こんな1票もある

国政選挙では、死に票となり自分の意思が政治に反映されない。だが、毎日の買い物、つまりあれを買うのかこれを買うのかという選択も、多くの人の毎日の小さな積み重ねが大きなうねりをもたらすことができる民主的な選挙かも知れない。我が家のおせちと年越しそばは、パプアニューギニア海産から購入した天然えびだ。

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パプアニューギニア海産は、宮城の石巻で営業していた海産物会社だが、地震と原発事故で被災し、大阪に生活の拠点と会社を移した。ここで買い物をすることは、エビを輸入してくる東南アジアの自然を守ることになるし、日本の原発を止めることにもつながる。

というのも、社長の武藤さんは宮城にいた時から、六ケ所の処理場や女川原発によって海や自然が汚されることに反対し、大阪に移ってからは大飯原発の再開に反対している。選ぶこと、買うことで、自分の意思を社会に反映させる方法もある。パプアニューギニア海産のホームページはここだ。ここから、このおいしいえびを購入することができる。

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2012年12月29日 (土)

選挙結果を、さらに考える

今回の選挙の結果で一つ注目すべきことは、例えば「生活保護費をカットする」という主張をした政党が、ある一定の数の国民から支持されたことだ。「生活保護」制度について疑念を持つ人は確かに多いだろう。どの制度についてもいえることだが、「不正受給」があり、そして制度が正常に運用されている時は誰も注目しないが、一度「不正受給」があるとそれが大きく報じられ、制度に対して不信の目が注がれる。ここまでは、どの制度にもあることだろうが、「生活保護」に対する見方は、何か日本人の近年の心情の変化を反映しているように思える。

 

「生活保護のカット」という主張に対して快哉を叫ぶ人たちの心情としては「おれがこんなに苦労して働いているのに、何の努力もしないで楽して金をもらっている奴は許せない」、そんな心情が垣間見える。快哉を叫ぶその本人が、たたき上げで成功した大金持ちなら、そう主張することも分からないではない。しかし、いまの日本で憂慮すべきなのは、おそらく「生活保護カット」に同調する人たちだって決して恵まれた境遇にいるはずはないということだ。自分や日本がこういう状況に立ちいたっている根本原因には目を向けず、生活保護受給者へ、その心情のはけ口を求める。これは、まさに為政者が目指すところであり、大衆迎合的な政治家が声高に主張して大衆に人気を得るところだ。

 

歴史を振り返ってみる必要がある。ナチスはどうやってあれだけ大衆の支持を得たのか。戦前の日本は、なぜ戦争へという破滅の道を引き返せなかったのか。歴史を振り返るというのなら、ぜひ、白戸三平の「カムイ伝」も多くの人が読み、子どもたちの教材になってほしい。江戸時代の為政者がどうやって、巧みに国民を支配したのかそれがよくわかる。それは、人民どうしを憎ませ対立させることだ。「生活保護カット」が、支持されている背景には、見過ごせない傾向があると思う。

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2012年12月26日 (水)

選挙結果を考える―その3

今度の衆議院選挙では、東北から社民党の議席がなくなってしまった。社民党といえば、旧社会党の流れをくむ、戦後政治では重要な役割を果たしてきた名門政党だ。社会党も社民党も、基盤は労働組合である。社民党が凋落したということは、日本の労働組合運動が低調になった、いや変化しなければいけない潮時であるということだろう。

かつて日本の労働組合運動は、(特に戦後は)華々しいものがあり、ある面で日本の社会を変革の先頭に立ってきた。しかし、その熱気と力が今の組合にはないのだ。確かに、トヨタや電力会社といった大手の上場企業には組合があり、組合員の人数もその財政状態も社会的影響力も軽視すべからざるものがあるのは事実だ。だが、日本の組合の多くは、企業内組合で社会的な影響力を行使して、社会運動に取り組もうという姿勢がないのだ。

現在、非正規労働者が全労働者のかなりの割合を占め、賃金格差に苦しみ、生活苦にあえいでいる。そういう、組織化されない労働者や女性労働者が増えてきている現状で、男性の正社員中心の企業内労働組合では、苦しんでいる者の抱える問題は救えないのだ。これからの、日本を動かしていくキーワードは間違いなく「共感」や「友愛」のはずだ。共感や友愛や連帯とは無縁な組合運動が、人々から支持を得なくなっているのは、時代の流れであろう。良くも悪くも、すべては変化し、同じところにとどまるものはないのだ。

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2012年12月24日 (月)

クリスマスイブ

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娘たち二人がクリスマスケーキを作った。キリスト教徒ではないが、ケーキを食べてお祝いをする。はたして、娘たちにサンタさんは今宵来るのだろうか?

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2012年12月21日 (金)

選挙結果考―その2

誰しも、自民党の圧勝は、民主党の敵失だと思っている。前回、政権交代を果たした民主党の目指した方向そのものは、悪かったとは思わない。

『コンクリートから緑へ』

『友愛社会』

その通りだと思う。これからの日本の本当の意味での発展を考えるのなら、まさに、公共工事が地方の一部の人たちの利権に化けてしまうのではなく、国土を維持し持続的な経済活動ができるような公金の使い方をし、格差社会の中で誰からも顧みられず路上で暮らす人などが一人も出ないような世の中を作るという理念はその通りだと思う。

しかし、やんばダムを結局やるというあたりからおかしくなり、マニフェストで実行できるものがだんだんなくなり、揚句に、マニフェストではやらないと言っていた、消費税の値上げだけは意地でも決めて、これでは、真紀子さんが言ったように「自爆テロ解散」で、自民党と公明党を利しただけだ。

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2012年12月19日 (水)

選挙の結果

選挙の結果は、大変残念なものとなった。原発政策は逆戻りだろうし、隣国との戦争なんて最悪の結果も想像してしまう。こういう、暗澹たる気持ちの時に、知り合いのフリージャーナリストの人が、こういう考え方を教えてくれたので、紹介したい。

・実は、自民党は積極的に支持されたわけではない。前回、自民党が大敗した衆院選と得票自体はそれほど変わっていない。

・少ない得票で、大量の当選者が出たのは、ひとえに小選挙区制という選挙制度のおかげである。

・この間、市民の方も運動が盛り上がって来たし、科学的に思考できる市民が全国各地に育ってきているので、その力と成果は評価されるべきである。

・国会、政治、官僚が変わるのは一番最後。最初に、自分たちが変えていけばよい。

なるほどと思い、少し明るさを取り戻したところだ。

それにしても、今回の選挙では「死に票」が多すぎる。これでは、どうせ選挙に行っても日本は変わらない考える有権者が多くなり、「政治離れ」が加速する。「政治離れ」は、有権者の意識の低さばかりではない。これだけ死に票があって、一部の人の意見だけが国の方向に反映されるのであれば、国民が政治や政治家を見放すのも仕方ないことだと思う。

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2012年12月16日 (日)

選挙と映画

朝、選挙に行ってから、子供たちと一緒に映画を見に行った。「エバンゲリオン」だ。この漫画は、数年前に我が家にホームステイしたアメリカ人のオタク大学生が「深い作品だから」ぜひ、見ろと我が家にすすめていってくれたものである。日本のアニメを、アメリカ人に教えてもらうのも滑稽だが、今日の映画は、見ていて難しくてよくわからないところがあった。どうやら、「新・旧の聖書」や使徒の話と関連するらしいが、やはり前後の作品をきちんと見ておかないとだめみたいだ。情報収集をオタク系の娘に頼んでおいた。

さて、選挙の結果も気になる。20代の若者の投票率は毎回かなり低い。今回も、事前調査では、若い人たちが一番選挙に行かなさそうだとのこと。核のゴミのつけも、借金も、徴兵制も、みんな彼らに回って来るのに、意思表示しなくていいのか?

別の調査だが、内閣府が調べた意識調査では、「男は外で働き、女は家庭」という価値観に賛成する20代の若者は50パーセント以上の多数を占めるそうだ。若者は、確実に保守化しているらしい。男は外で働き一家を養うと、考えているのかもしれないが、若い人に正社員の仕事はなかなか回ってこない。非正規雇用で、苦しんでいるのは、若者たちだが、経団連が推す政党が勝てば、労働市場の流動化と称して、非正規雇用や日雇いを生む法律を推進するだろうが、これについても若者たちは、何も考えるところはないのだろうか。

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2012年12月14日 (金)

タイマグラからのお客さん

岩手のタイマグラから奥畑さんが遊びに来てくれた。久しぶりに話ができ、楽しく過ごせた。自家製の「お米から作ったワイン」などいろいろお土産をいただいたが、一番すごいお土産は、島根県の隠岐の島の高校のパンフレットだった。離島の高校だが「留学生」制度があり、島外から進学する者には、寮を用意してくれたり、村で援助してくれたりするそうだ。小規模校なので、先生方が親身に勉強を見てくれるそうで、国公立大学などに進学する者もいるそうだ。実際、島外の留学生の紹介もあった。

なぜ、このパンフレットを持ってきてくれたかというと、上の娘が、刺身が大好きで「海女になりたい」と言ったことがあり、それを覚えてくれていたのだ。本人よりも、親が気になってしまったので、来夏には、オープンキャンパスに見学に行こうという話になっている。

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2012年12月11日 (火)

朝の騒動

この頃は、朝、日が昇るのが遅い。6時半に起きたらまだ外は暗い。上の娘が、だんだん夜更かし朝寝坊になっている。昨日は学校の振り替え休日で、一日のんびり過ごして、今朝は油断して起きてこない。以前は、学校が遠くて7時過ぎには家を出ていたが、仙台に越してきてからは学校がすぐ近くにあるので8時過ぎに家を出て間に合う。

起こしに行って、「大変だ。遅くなったぞ。もう50分だ」と言ったら、びっくりして、飛び起きてあわてて着替えて、朝ご飯に降りてきた。急いでご飯を食べながら「大丈夫、いざとなったら5分に出れば間に合うから」と言っている。そして、時計を見て驚いている。そう、まだ7時なのだ。50分というのは6時50分だったのだ。

「本気を出せば、お前、できるじゃないか」と、そう言ってやった。

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2012年12月 9日 (日)

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昨日から雪が降り始めた。今朝は、まだべちゃべちゃとした雪だったが、昼になるにつれ温度がどんどん下がっているようで、雪もさらさらのが降ってきた。今年の冬は案外寒いという予報だ。

温暖化、温暖化というが、地球が氷河期に突入するという説も聞く。地球の気候変動は複雑なメカニズムらしく、とにかく、ある点を超えてしまったら、どんどん暑くなっていくとか、どんどん寒くなって、そうなりっぱなしでもどらないのだそうだ。

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2012年12月 6日 (木)

福島出張

今日は、福島の白河高校の高校生に小論文の書き方について講演してきた。低気圧のせいで、日中風が強くなり東北本線が動かなくなり、帰宅が遅くなり、疲れたのだが、でも今日のうちに書いておく。

東北本線で、仙台から南下していくと、宮城県境を過ぎて、福島に国見というところがある。ここは、昔の権力者が本当に「国見」をしたのだろうなと、思わせる小高い山があり、そこからはるかに広がる山の斜面や平地が見渡せる、景色の良いところだ。福島は果物産地だから、春などは、桃の花などが咲き誇り東北本線沿線でも屈指の車窓風景を誇るところで、私も大好きな風景だ。

今日、車窓から見ると、収穫されない柿がたくさん木になったままだった。そして、柿の木の肌を見ると、真っ白につるつるになって痛々しい。これは、何をしたかというと、放射能除染のために、全部木の肌をはいだのだ。木の表面に放射性物質が付着する。それが果実に移行するということで、木の皮をはぐことで、放射性物質がない果物を作ろうという試みなのだ。

どうだろう。人間が、皮をはがれたら。

福島の人は、何とか努力して、農産物を作っているが、それでも敬遠されて売れない。木にたくさん残っている、柿はそれを物語っている。この風景を日本全国の人に見せてあげたい。青森や福井の人に見せてあげたい。いったん、原発事故が起これば、その人が生きている間は、放射能の影響は消えることがないのだ。

さて、白河では「モバイルハウス」を見た。本物のモバイルハウスを見たのは初めてだ。

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家の前にある小さな箱のようなものが「モバイルハウス」だ。車輪がついていて、移動できる。中には人一人が眠れるくらいのスペースがあり、ラジオが流れていたので、誰かがいたと思う。これだと、固定資産税などがかからない。太陽電池などで、電気を自給できれば、エネルギーも原発のものは買わなくて済む。この「モバイルハウス」での暮らしが普及すれば、土地と家に執着する人がいなくなり、利権のうまみがなくなり、政治状況も随分変わるのではないかと思う。「モバイルハウス」は、私のアイディアでなく、坂口さんという建築家が提唱したものだ。この考えはやるといいと思う。

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2012年12月 2日 (日)

仙台吹奏楽団 第57回定期演奏会

仙台吹奏楽団第57回定期演奏会を聴きに行った。娘がブラスバンドでお世話になっている先生が、団員として出演するので、娘と一緒に聞きに行ったのだ。さすが名門の吹奏楽団だけあって、演奏も大変素晴らしかったし、演出も楽しく、大変楽しませてもらったコンサートだった。皆さん、本業はほかにお持ちの人たちだろうから、普段の練習から、運営や、今日のようなコンサートまで、皆自前でやっているのだろうから、そういう努力にも頭が下がる。娘の先生も、自ら子供たちを朝と放課後に指導して、そのうえ自分の練習までやっているのだから、本当に忙しいだろう。本当に楽しくて素晴らしいコンサートだったので、お勧めだ。

よく知っている曲も演奏されたのだが、宮城県ゆかりの作曲家、内藤淳一氏と高橋伸哉氏の曲も演奏され、私は初めて聞いたのだが、感動した。内藤氏の「祈り、そして誇りを胸に」は、東日本大震災の犠牲者と被災者への祈りと思いを込めてという副題がある。そのような、副題を知らないで聞いても、私にはこの曲が持っている情調がまざまざと感じられた。あの3月11日を体験したものならわかる気持ちが深いところで表現されている音楽だった。あの日の体験が、こんなように芸術作品として昇華され始めている。音楽は、人の感情のいちばん深いところを揺さぶる。3月11日以降は、前にもまして涙もろくなっているので、この今日の演奏には心揺さぶられた。

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2012年12月 1日 (土)

文理の壁

福島原発3号機で、去年よりも放射線量が高くなっているところがあるという報道が出ている。去年よりも高くなっているということは、今でも核分裂が続いており、甲状せんがんの原因となる放射性ヨウ素などが大気中にどんどん排出されているということではないだろうか。そうだとしたら、国として責任を持って、子供たち全員の疎開・避難などをさせるべきだろう。

そもそも、原子力制御というのは、人類の、いや科学者の、つまり理系人間の夢だ。科学技術で、すべてを制御するというのが、彼らの夢で、制御できない技術があるとしたら、それは彼らの屈辱にまみれた敗北だろう。だから、技術者は安全な、夢のような原発が作れると思っている。

だが、そんな夢から覚めて、人間の力では制御しきれない技術から撤退しては、なぜだめなのだろうか。技術よりも大事な、子供の命とか、自然の美しさや大切さが、この世にあってもよいのではないか。そう思うのは、文系人間の馬鹿げたロマンチシズムなのだろうか。

そもそも、この国では文系と理系とに分かれていて、お互いに言語が通じないのが不幸なことだと思う。文系人間には、理系人間のロジックにはついていけず、技術は常にブラックボックスの中にある。理系人間は、文系人間が話している言葉が理解できず、世迷いごとにしか聞こえない。

よく言われているように、文理を融合し、数字や技術が分かる文系人間、文学や詩の美しさも分かる理系人間を育てていかなければならない。そもそも、これからの世界の方向を決めるのは、自然に根差した、人間にやさしい技術のはずだ。そういう、方向に技術は進んでいくはずだし、それをしないと日本企業は生き残れないはずだし、世の中も持たないはずだ。

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