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2012年9月29日 (土)

授業参観

小学生の娘の授業参観に行ってきた。体育の授業だ。テーマは、ハードルと幅跳び。見ていると、いかにも運動神経がよさそうで、走る姿勢もばっちり決まっている子もいたが、大部分が頼りない。小さい時から、野山で走り回っていないので、昔の子と比べて今の子は体力や運動能力が落ちているのだろうか?

文科省の体力調査では、どうやら昔と比べると運動能力は劣っているらしい。このままでは、未来のオリンピック選手、サッカー選手は、この国からでるのか?などと少し心配しながら授業を見ていた。もちろん、わが子も運動神経はよくないのだが…

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2012年9月25日 (火)

寒いくらい

お彼岸を過ぎたら、本当に暑くなくなり、そしてここ数日は雨が降り半袖で外にいれば寒いくらいである。雨が降らず、猛暑が続いたこの前までがうそのようである。こうなれば、洗濯物が乾かないのも心配になるし、青空が見えないのはうっとおしいしで、人間なんて身勝手なものだと思う。

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2012年9月22日 (土)

本当の絆

震災がれきを引き受ける自治体が出てきたが、がれきを各地で処理することで放射性物質を全国に拡散させてはいけないと思う。引き受け自治体に住む人の中にも、放射性物質の懸念から、反対している人たちがいるが、こういう報道に接すると、地元宮城の人で、特にお年寄りは「被災地が困っているのにひどい」という反応を示す人が多い。地元の新聞にも、「同じ日本人なのに…」という主旨の投書が載る。

地元宮城では、現状が知らされていないので、多くの人が真実を知らないし、真実を見たくないので知ろうとしない人も多い。原発事故で、放射性物質が東北に降り積もってしまったことは事実だ。いまだに牧草からはセシウムが検出される。熊の体や鹿の体からもたくさんセシウムが出てくる。汚染物質は、汚染物質が出たところに封じ込め、拡散させず、きれいな国土を残しておくことの方が将来や日本人全体のためにもいいことなのだ。

被災地以外の人たちが被災地の人たちとの絆を示してくれるのなら、きれいな国土を残しておくこと、二度と原発事故が起きないように原発の廃止を一緒に求めていってくれることだと思う。

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2012年9月19日 (水)

自然の変化

気になる、ことがあったので、備忘録のため、書いておく。

昨晩、ウスバカゲロウが大量発生した。広瀬川にかかる橋の上に、何基かの街灯がある。その光に惹かれてウスバカゲロウが大量に集まり、道路や歩道に雪のように降り積もっていた。車も人も、よけていくことができないので踏み潰していくしかなかった。キラキラしたものが、道路の上に大量に散らかっているので、最初は事故があって、車のガラスが飛び散ったのかと思った。

カゲロウと言えば、はかないもの象徴。どうせ一夜しか生きられないはかない命だが、繁殖のために集まったのだろうか。新月とか、気温とか、いろいろな条件で一度に大量に羽化したのだろうか。大地震など天災地変の予兆でなければよいが。

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2012年9月16日 (日)

甲状腺の検査

福島県の子供の甲状腺検査で、甲状せんがんの子供が一人見つかった。なんとも、痛ましい知らせだ。子供たちの調査はまだ全員が終わっていない。一部の子供たちの調査により分かったのは、子供たちの30パーセントから40パーセントに、のどのしこりが見つかったということだ。

この30から40パーセントというのは異常な数字だと思うのだが、始めから原発の健康被害はあるわけがないという立場の政府・官僚・推進派は、これがあたかも正常であるかのように装っている。

福島県立医大は、原発擁護の学者により牛耳られてしまい、県民の不安の声には耳を傾けない。そもそも科学者は「自分が見たい事実だけを見る」べきなのだろうか。それが正しい科学的態度だと言えるのだろうか。事実を感情論で判断すべきではないが、科学的真実の前には謙虚になり、何が真実かを冷静に探っていくべきだろう。

私たちは、原発事故の当初に、大量に被爆させれている。関東・東北の東日本は濃淡の差こそあれ、それが事実である。被曝がどんな健康障害をもたらすのか、常に不安が付きまとう人生を送っていかなければならない。

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2012年9月13日 (木)

ごみの行方

新聞報道によると、政府のエネルギー政策では、2030年までに原発はゼロにするが、核廃棄物の青森で再処理は続けるとののことだ。青森に集まっている核のゴミを、各原発に戻されても困るからだろうが、青森県知事の脅しが効いた形だ。学術会議の提言では、核のゴミの地中直接処分は「無理」とのこと。理由は「日本には地震も多く、10万年にわたって核のゴミを安定的に置いておけるような地下などない」とのことだ。

学者もいまさら何を言っているのだろうか。核のゴミは処理などできっこないと、反対派がずっと前から言っていて、だから原発はやめようと言っていたのに。

『2030年に原発ゼロ』は、推進派の巻き返しが起こってくるだろう。自民党の総裁候補の石破氏や阿部氏のように、隣国との戦争のために核兵器を保有したがっている保守派政治家の動きにも気をつけなければならない。原発も戦争も、得するのは一部の亡者だけで、庶民は一銭も得にもならず、苦しみを負わされるだけである。

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2012年9月 9日 (日)

青森県知事の脅し

原子力発電所で出た、核のゴミを「リサイクル」という美名で飾ってごまかしている「核燃料サイクル」計画なるものがある。もちろんこれは原子力ムラの都合の良いロジックであり、安全にリサイクルできる技術など日本にも世界にもないし、リサイクルのために処理すれば、何もしないで地下に埋めるよりも、はるかにたくさんの核物質を環境中に放出してしまう。

原発事故以降、さすがにこの「核燃料サイクル」の胡散臭さも知れてきて、国は核燃サイクル計画から撤退する選択肢も示し始めた。そこで、時計の針を逆戻しにしようと必死になっているのが、青森県知事である。青森県は、核燃サイクルを受け入れて生きていくと決めた。(もちろんこの決定にどれだけの民意が反映しているかは疑わしい。電力会社の買収や反対派の切り崩しはもちろん存在した)。とにかく、原子力で生きていくと決めたからには、漁業をはじめ、たくさんの選択肢は放棄してしまった。こうなったからには、原子力マネーが流れ込んでこなければ生きていけない体になってしまった。

覚せい剤と同じである。打てば、一時は以前に増して元気や集中力が高まるが、薬の効き目がなくなるとたちまち体がだるくなり、何もしたくなくなる。だから、また覚せい剤が欲しくなり、やがてそれからは逃れられなくなる。核燃サイクルからの撤退は、青森県に覚せい剤が打たれなくなることと同じだ。そこで、青森県知事は、「核燃サイクルから撤退するのであれば、いま青森に集まっている核のゴミを、各県に送り返す」という脅しをかけはじめた。

青森としては、もっともな議論だ。地元で出たのではないゴミをどうして引き受ける必要があるのか?そして、青森県知事はいいところをついている。つまり、原発は「トイレなきマンション」と言われているが、まさに、ごみ処理の方法も決まってないまま、原発を作り稼働させることがどれほど愚かなことか、青森県知事の脅しは物語っている。もちろん青森県知事の考えは、ごみを引き受ける代わりにたっぷりお礼はもらう、という腹積もりなのだが。しかし、そもそも日本国債でも暴落したら、国から金を引き出すという、従来のやり方がいつまでも続き、彼らの利権が安泰だとは思えないのだが、これは素人の浅知恵なんだろうか。

核燃料サイクルがダメであれば、核のゴミは地中に埋めるしかないが、さすがに、日本ではどの自治体も今のところ候補地に手を上げていない。「金さえ積めば、大丈夫でしょう」と、かつて斑目氏が発言していたが、どうやら日本の偉い人たちは海外にも目を付けているらしい。そのことは、また次回に。

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2012年9月 7日 (金)

朝爽やか

お隣さんの犬が、朝早くから散歩に連れて行ってくれと騒ぐので、私も、犬(カールとエミリー)に合わせて生活してみたらと思い至った。早く寝て、4時頃起きて朝のうちに仕事をするのだ。さすがに4時には起きれなかったが、5時半に起きて読書をしてみた。まあ、逆転の発想である。今朝などは、空気が涼しく秋らしい爽やかな朝を体験できた。

小学生の娘がブラスバンドの東北大会へと出発した。明日が本番だが、今日のうちから現地に乗り込み、宿泊するのだ。小学生の部活でも、大したものだ。今晩はどうやって過ごすことやら、少し心配である。

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2012年9月 5日 (水)

新記録

仙台で30度を超えた日にちを数えてみたところ、観測史上1位となったということである。夜も暑くて、体にこたえるなと思っていたが、感覚ではなく、じっさいも本当に暑かったことが実証されたということである。

数年前だったか、欧州の熱波ではお年寄りがなくなったことが報道された。年をとると、やはり暑さ・寒さはこたえるのかなと、人ごとのように思っていたが、暑さがこたえるということが、今年はなんとなく実感できた。

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2012年9月 1日 (土)

8月が終わってしまうのは、夏が去ってしまうようでなんだがさびしい。とはいっても、日中の暑さはまだまだ続き、涼しくならないものかなとも思う。

西日本では、大雨の被害で大変だったところもあるが、宮城の8月は例年の2割弱ぐらいしか降水量がない。家の近くを流れる広瀬川を見ていても、だんだん水量が少なくなっている。そして、水が少なく流れないせいか、緑色の藻が繁茂してきている。

今朝、空がかきくもりぱらぱらと雨があったが、すぐに止んでしまい、まさに、焼け石に水の状態だった。

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