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2012年8月29日 (水)

ゼロ回答

東京電力に損害賠償の訴えをしていたが、先方の弁護士から賠償金は一切払うことができないとの返答が来た。チェルノブイリの原発事故であれば、「移住権利地域」というのが事故後設けられ、移住を望むものは権利として移住できる地域が設けられた。その「移住権利地域」と同じくらいの汚染度であっても、日本では、強制立ち退きになった地域と、国によって出荷停止が正式に宣言された農産物にしか賠償金は払われない。秘密主義・警察国家の旧社会主義国よりも、いまの日本は国民の扱いが劣るということだろうか。

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2012年8月26日 (日)

浅草

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夏休み最後の日曜日。東京の浅草に行って、金婚式のお祝いをした。浅草は、東京スカイツリーの開業もあって、観光客でとても混んでいた。登ってみるのは無理だろうから、隅田川から眺める。暑い夏にはこうして川を行くのも、涼しげでよい。

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2012年8月22日 (水)

東福寺

東福寺は、例えば清水寺や祇園といった人気観光スポットと比べると訪れる人は少ない。しかし、それだけ心静かに参詣できるというのが良いところだ。東福寺界隈はいくつもの付属寺院があり、土塀に囲まれた静かに落ち着いたところで、ここを歩くだけでも価値がある。

本院の大きさなどは、さすが名刹いう歴史の重みを感じさせるものがある。深い渓谷を流れる上に木橋がかけられていて、楓の木がたくさん見られる。ここは、さぞ秋の紅葉時には見事であろうと想像されるが、観光客もたくさん押しかけるであろうから、秋の風情を想像して楽しむ。

石庭があり、静かに座って眺める。石庭は全宇宙を簡潔に象徴していて、対座していると宇宙に引き込まれる。寺院のぐるり、東西南北すべて異なる禅庭がしつらえてある。ぐるぐる回ってそれぞれの風味を楽しむ。白と黒と丸と四角の世界は、案外モダンだ。モダンアートにも通じる禅庭もデザインされている。ポスターを見ると、今度ここでモダンジャズの演奏会も催されるらしい。このコラボ楽しみである。

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2012年8月21日 (火)

高野山詣で

高野山にお参りしてきた。みな、バスで行こうとするので、私は一人で静かにお山を歩いた。静かなお山を歩き、鳥の声を聴いて歩いた。大師様と同行二人を感じた。根本中堂は観光客もあまり来ていない、静かにお参りを済ませた。

観光客が一番たくさん訪れていたのは、大師様が今もいらっしゃる奥の院だ。奥の院へと続く石畳の道のわきには、たくさんの墓があり、伊達正宗、織田信長、豊臣秀吉、武田信玄、上杉謙信、南部家などの諸大名、三井家、住友家や、現代では江崎グリコやパナソニック、久保田鉄工などのお墓があり、著名な人たちがここに葬られているということを初めて知った。親鸞のお墓もあり、手を合わせてきた。奥の院は、本当に神々しいところで参拝できてよかった。

高野山は、一つの町で人口4000人くらいいるという。高校や、大学まである。高校はもちろん僧侶になるコースもあるのだが特進クラスもあり、医学部に合格する生徒も出している。下世話な話だが、この町の人はどうやって生活しているのか?お坊さんがやたら目につくのは当たり前で、お坊さんは多分給料がもらえるのだろう。そのほかは、観光客相手の食堂や、土産物、お寺関連の仕事で生計を立てているのでは推測されるが、それでも4000人が暮らせる経済規模というのはすごい。立派な家や高そうな車も見かけた。

高野山は女人禁制で有名だ。しかし、ついに、この禁制も近年解かれてしまい、いまは大勢の女性も参拝をしている。お参りをしていたら、なんだかとても神々しい尼さんがいた。信者の人に取り囲まれていて、信者さんがいかにも心身を捧げているというのが、見ていて伝わってくるのだ。人間はやはり持って生まれたものによって、皆この世では違った道を歩むのだと思う。この尼さんは、もちろん相当な努力をしたのに違いないが、天性の崇高さを持って生まれたのだろう。

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2012年8月18日 (土)

お寺めぐりなど

北野天満宮、ここはもちろん菅原道真公を祭ってある。京都のあちこちに道真ゆかりの地があるのは、平安京の人はよほど道真のたたりが怖かったのであろう。北野天満宮の近くには平野神社もある。こうしてお参りして手を合わせていると、心が落ち着いてくる。近くには地蔵院もある。お地蔵様は子供守る神様である。子供を大事にしない国はだめだと思う。京都には地蔵盆というのがあり、今日17日は、宿泊しているゲストハウスの周りでも、町内会単位で行っているようだ。子供にとってのお楽しみのイベントでもあるようだ。

府立博物館を訪ねる。暑いときは室内でお勉強もいい。京都の民衆の生活がいきいきと感じられた。羅生門特別展もよかった。もう一度黒澤明の羅生門を見てみたい。近くには聖徳太子ゆかりの六角堂があり、お参りする。

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2012年8月14日 (火)

意外と保守的

原発の将来比率をどうするかということについての世論調査が新聞に出ていた。世代別に調べてあるのだが、60代以上では0パーセント支持率が一番高いのに対して、20代の若者世代では15パーセント支持率が一番高いという。

今までの世代が享楽的な生活を送ってきて、その後始末として核のゴミや環境汚染の付けを回されるのは、若い世代だというのに彼らは原発比率0パーセントを支持しないのだろうか。彼らは素直だから、「原発がないと電気が足りない」というプロパガンダを本気で信じているのだろうか。

若い世代の保守化が気になる。彼らは、右肩下がりの経済状況下で就職口は少ないし、上の世代を支えるために消費税はたくさん払わなくちゃいけないし、自分たちの年金はもらえる見込みはないし、環境汚染のせいで喘息やアトピーで苦しむ子が多いし、全部自分のせいじゃないことで一番苦しんでいる世代なのに、なぜ怒らないのだろう?目上の人の言うことには従いなさいという学校教育が浸透しているせいだろうか?自分で考える習慣がないせいだろうか?

若い人たちと話して、本音を聞いてみなくちゃならない。

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2012年8月11日 (土)

灰とセシウムの関係

宮城県の北部の農産物で、高いセシウムが検出されたことがあった。その原因を調べていて、推定できる原因が分かったという新聞記事があった。検出された農作物の畑では、わらなどを焼却していたということだ。原発事故により、宮城県に放射性物質が降りそそいだことは事実で、その割には土から作物へ根から吸収・移行する割合が少ないということが事実としてわかっていた。畑の粘土などにセシウムは吸着されてしまって、作物には移行しないらしい。しかし、上から降りそそいだ放射性物質を含んだ稲わらなどを燃やして畑に置くと、水に溶けその放射性物質は作物の根から吸収されやすくなってしまうらしい。そこで、宮城県北部では作物から高いセシウムの値が出たということだ。

これを受けて、農協などは灰を燃やして畑にまくことを自粛するように呼びかけた。

自然農では、草木灰はカリやミネラルを含んだ重要な栄養素として畑に還元するように奨励されているし、私もそれを実践していた。しかし、原発事故以降は、こういう循環する暮らしがやはり断たれてしまったということだ。身の回りにある草や木を燃料や煮炊きに使い、その灰をを畑に返し、そこからとれる野菜を食べるという暮らしは、原発があればできないということだ。

カリとセシウムは元素表の縦の列に並んでいる。つまり同族で、植物は誤認して体に取り入れやすい。セシウムの吸収はカリが豊富にあれば妨げられることが分かったので、今年の宮城の田んぼには大量のカリの化成肥料がまかれたことをご存じだろうか。化学肥料中心の農業へと追いやるのは原発だ。

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2012年8月 8日 (水)

ゆんたく

家の近くには、小さな飲み屋さんがあっちこっちにある。昨日は、沖縄出身のおかみさんがやっている「ゆんたく」にのみに行った。沖縄料理を食べていると、本当に沖縄に来ているようだ。毎晩、どこかの店で一杯ひっかけて帰れるような身分になれるとよいが。

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2012年8月 5日 (日)

優勝

下の娘は仙台に転校し、友達に誘われたとかでブラバンに入った。小学生の部活なので、大したことはないだろうなどと思っていたら、ずいぶん練習熱心で、朝練・放課後練習とがんばっていた。それほど大きくない学校だから、ブラバンでも小所帯なのだが、仙台市の代表として今日、県大会に出た。

聞きに行ったら、どの学校も小学生とは思えないほど立派な演奏で、私の耳ではどこも優劣がつけられないと思った。出場校の演奏が終わり、結果発表があったのだが、なんと県で優勝し、東北大会に出場することになった。わずか3か月前に入部して、トランペットを初めて吹いて、あれよあれよというまで、驚いている。

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2012年8月 2日 (木)

山口県知事選挙

上関原発計画を抱える山口県の選挙で、自然エネルギー研究所の所長飯田さんが敗れ、大変悔しい。自民党と公明党が押す元官僚が当選したということは、原発事故前の路線でやっていく、つまり、自然を壊してでも無駄な公共工事をやり、原発を作り利権をむさぼりあい、人の命も未来の世代も、自分達だけ儲かればどうでもいいということだ。

なぜ、自民党・公明党・官僚は時代の変化が見えないのだろう。古いやり方で、自分達は得するかもしれないが、大きな損害を関係者以外にもたらし、そして変化して良い方向に行く目も摘み取ってしまった。公共工事と原発で、今日100人の雇用と10億円の利権が得られたとしても、50年後の自然エネルギーによる産業の成長と何十万人の雇用やその人たちの幸せは失われてしまっとわけだ。

私達が先に大きな時代の流れを作り出してしまい、彼ら自民党・公明党・官僚をはるか後ろに置き去りにし、誰も彼らを振りむかないようにさせねばならない。古いこれまでのやり方にこだわる彼らには未来は開かれない。

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