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2011年5月30日 (月)

大雨

今朝方からこちらは風雨が強まり、嫌な予感がしつつも、塾の授業のため早朝家を出た。地元の第3セクターの電車は案外こんなときでも走る。JRの乗り継ぎ駅まで来て見ると、案の定電車はストップしてしまった。

JRからは何の連絡がないまま、30分、1時間と待たされる。そのうち、乗客の誰かが、携帯のインターネットで12時ごろまでは電車が動かないという情報を見つける。ようやく電車の車掌も、今全部の電車が止まっていて、昼ごろまではうごかなそうというアナウンスを入れる。

さあ、弱ったどうやって仙台まで行こう。でもこの雨では塾も休校かと思い、電話を入れると、一応授業は行うという。それでは、なんとしてでも行かなくてはと思い、家に電話をし、車で迎えに来てもらうことにする。

そのとき、福島方面から来ている電車では、うちの塾のテキストを見ている生徒が何人もいたので、仙台まで車で行くのだが、一緒に乗せてってやろうと声をかける。全校で1400人くらいいるので、生徒の顔は当然全員覚えていないが、電車の中で広げているテキストでわかるのだ。

車が到着し、さて行こうということで走り出すと、生徒の携帯に「塾は休校になった」というメールが。仙台周辺の電車がすべてとまり、さすがに休校になったのだ。

さて、生徒達だが、仙台にも行けないし、福島にも帰れない。そこで、地元第3セクターのローカル線の駅まで送って行ってやることにする。この路線は裏道で福島にいける路線なのだ。駅について確認すると少し遅れているが動いているという。JRよりも頼もしい。もし、この路線もとまってしまえば、生徒達、家に泊めて、自習でもさせとこうと思ったが、とりあえずほっとした。

車の中で生徒達と話したが、福島では放射線が高く、気にしているといっていた。仙台に来ている間は、放射線が低いのでほっとするとも。生徒達もきずつきながらも被災地の中で本当に頑張っているなと、実感した。

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2011年5月28日 (土)

浜岡原発永久停止訴訟

浜岡原発から30キロ以内に住む人たちが、永久停止を求めて裁判を起こしたいう報道があった。地元からは。仕事がなくなるから、そんな騒ぎは起こさないでくれ、といわれるのであろうが、勇気ある人たちだと思う。

勇気ある人といえば、俳優の山本太郎さんは、原発に反対する発言をし、福島の子供たちを守る為に支援をしたことで、仕事を降ろされたということだ。音楽業界と芸能界では電力会社にたてつく人は、仕事がなくなるというのが常識で、そういう脅しが怖くないのは世界の「サカモト」教授くらいのものだそうだ。

だいたい、一民間企業が人の生殺与奪の権力を握るくらい、好き勝手なことをしてもよいものなのだろうか。室井さんという女優も、テレビで福島の子供を守る発言をしたので、今後のことが心配である。

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2011年5月25日 (水)

解散手続き

仙台に住んでいた時、家庭菜園のグループに参加していたが、そのグループのNPOとしての法人格を解散することになり、昨日はその会議に参加してきた。お世話になったNPOだったので解散するとなると少し寂しいが、今も畑を借りている人たちが自主的に畑の管理はしていくという。

懐かしいほかのメンバーの方に会うのも久しぶりで、3.11以降の安否を確かめ合った。話題になったのは、やはり原発のことで、「津波だけだったら、復興に向けて頑張れるのだが、原発は気持ちが萎える」ということで一致した。

若い世代に原発を残していくのは、本当にすまないと思う。ニュースでは取り上げられなかったが、連休中に東京で若い人たちがデモをして、ずいぶん盛り上がって逮捕所も出たそうだ。

ユーチューブでそのデモの映像を見たのだが、若い人たちは楽しそうにデモをしていた。全共闘時代とはまた違った感覚で、新しい日本を作っていってくれるのかなと思う。

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2011年5月17日 (火)

守田さんを囲んで

京都からフリージャーナリストの守田さんが、東北を回りそして角田にやってきた。角田のピースファームで守田さんから原発の現状や問題点について貴重なお話を伺う機会があった。(ピースファームは庄司さんの農場。手作りの素敵なうちに大勢の人が集まった。守田さんは京都の子供キャンプでお世話になり、大手マスコミでは知りえない貴重な情報を伝えてくれる方だ)

改めて、原発が何故ダメなのかを確認すると、

・「CO2を出さず、地球温暖化対策にはうってつけ。」

これはもちろんうそである。ウランを採掘し精製するところから、原発建設までのところでたくさんの二酸化炭素を排出している。何より、決定的なのは、発熱したエネルギーのたった3分の1しか使われず、残りは大量の温排水を海に捨てている。海を直接あたためるのは生態系にも打撃的な影響を与えるし、二酸化炭素よりも環境負荷は大きい。

・「発電し終わった核燃料を処理するのに100万年かかる」

今回の事故で明らかになったように、使用済みの燃料でさえ、冷やし続けないと悲惨な事故になる。冷やし続けて地下に埋められるようになるのに約100年かかる。その間、冷やし続けるためにはまた莫大なエネルギーを使う。それに、固める技術だって、成功していないのだ。固めることに成功したとしても、埋める場所をまだ決めていないし、埋めたとしても元のウラン鉱よりも温度が低くなるのに100万年かかる。誰がその間、放射能漏れがないように管理するのか。今の電力会社の社員で100万年先まで生きている人が誰がいるのだろうか。日本のように地震が多い国で、絶対安全な地下埋葬施設を見つけることが出来るのだろうか。

100万年も管理する技術など、これから人口が減り、電力会社にも優秀な技術者がどんどん減っていく時代に不可能だとおもう。これは東北大の先生から伺ったお話だが、昔は電力会社の幹部が大学にきて優秀な人材を採っていったという。今は、それもなくなり、他の会社にけなかったダメな学生が電力会社に入るという。これはもちろん文系ではなく理系の話だが、優秀な学生で原子力をやろうと志しているものが少ないのに、100万年危険な放射性物質をどう管理するというのか。

・「原発は他の発電方法と比べコストは安い」

これもうそである。コストの計算には、先に述べた100万年間の管理コストは計算されていない。地層処理施設の場所が決まっていないので、その分は0円として処理されているのだ。このような迷惑施設を普通は誰も喜んで受け入れない。そうなるとアメとムチで、受け入れ自治体には莫大な補助金が出る。御用学者の中には、金額を吊り上げていけば困った自治体は必ず手を上げるのでなに大丈夫だといっている者もいる。だが、受け入れた自治体だっていい話ばかりではないことはもちろんだ。

これも東北大学の先生から伺ったのだが、事故をおこした福島原発の1~4号機は地元に固定資産税を払っていなかったそうだ。老朽化すると減価償却してしまって建物の価値がゼロになるからだ。こうなると、地元自治体は、麻薬患者みたいに、もう原発なしではいられなくなる。もっと新しい原発を建ててくれとなる。悲惨な話だ。

・「日本の電気代は世界一高い」

自由競争のない、独占企業でやっているのだから、当然市民は高いものを買わされ、文句も言えない。電力の社長の年収は7200万ということを聞いたが、今回の事故の補償金を電力料金に上乗せしようという考えは、常識的な市民の考えの前に通用するのだろうか。それとも頭がおかしいのは私たちのほうなのだろうか。

さて、暗い話ばかりになってしまったが、明るい未来に向けて守田さんから提言があった。原発をやめて小規模・地域循環・自立型の自然エネルギーを推進することだ。参考書を推薦してもらったので、私もここで紹介する。

「地域の力で自然エネルギー!」

(鳥越、小林、海江田、泊、山崎、古谷)

岩波ブックレットNo.786

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2011年5月14日 (土)

年間100ミリシーベルト

浜岡原発の停止は久しぶりにいニュースだった。もちろん推進派は、2,3年後の再開を目指しているのだろうが、廃炉に向けての方向を作り出していかなければならない。

原発はなぜいけないのか。事故が起きる確率は、交通事故などと比べると格段に低いのであろうが、いったん起きてしまえば、桁外れにたくさんの人が災害に巻き込まれ悲惨さを体験することになるからだ。こういう技術は、出来る技術があったとしても、社会の判断としてやめるべきだ。やめないのは、一部の癒着した業界・官僚・政治家だけが莫大な利益を得ることが出来る「永久機関」だったか、核武装するというような政治的野望があったからだ。

福島県の子供たちが浴びてよい放射線許容量を文科省が20ミリシーベルトにしたことについて、フジテレビが批判的に取り上げた。(映像はこちら)自民党の政策を支持してきたフジテレビでこういう報道をするのも画期的だと思うし、これも嬉しい動きだ。

この映像の中でも紹介されているが、福島の子どもに20ミリシーベルトの被ばくをさせることについては、到底許容できないと、内閣参与の学者が涙の会見をして辞任した。「学問的良心に従った」学者がまだこの日本にもいたとおもうと、私はあの映像を見るたびに感動して涙がでてくる。

ところが、このフジテレビのニュースでも取り上げられているが、福島県の放射能アドバイザーに山下という学者がいる。この人は、100ミリシーベルトまで浴びても大丈夫、福島は全然汚染されていない、安心してくださいと、公演して回っている。山下氏の論理によれば、「全部の子どもを避難させることができないと政府が言って定めた値なのだから、それに従うのが当然だ」ということなのだそうだ。

過去の医療的なデータや、学問的な良心よりも、政府の出した方針に従わせるのが、学者の仕事と言っているのだから、こういう人こそ御用学者だと思う。それでいて、この人は、将来福島でがん患者が増えることを予想していて、自分の専門である放射線療法の格好の研究材料になると陰では発言していると伝えられているのだからあきれる。もちろんこの研究も、文科省に申請してたくさん予算がつく研究である。

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2011年5月12日 (木)

さて、今日は雨。部屋の中にいると肌寒いくらいだ。天気がよくないと、外で農作業をする気にもならない。しかし、草の方はあちこちで順調に育っていて、周りの人たちの目も気にかかる。借りている田や畑はいつも綺麗にしておかないといけないという、心理的プレッシャーがある。週末天気がよくなれば、綺麗に草刈りをして整備したいと思う。

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2011年5月 8日 (日)

菜の花プロジェクト継続中

八十八夜を過ぎて、だいぶ暖かくなってきました。この連休中、こちらでは田植えが盛んに行われています。田に水が入り、新緑が萌え出る季節になってきました。

今畑には春先に取らずにしまった、アブラナ科植物が菜の花となって黄色い花を咲かせています。中にはそろそろ種をつけ始めたものもいます。種は、放射性物質をよく集めてくれるので、種が落ちてしまわない前にそろそろ刈り始めています。そして1箇所に集めておいて(理想は、東電が引き取ってくれればよいのですが)、畑の土を浄化する作戦です。

今日は畑の小さい一区画の菜の花を刈り取り捨てて、その後にズッキーニの苗を植えました。果たして、ズッキーニの実にどれくらい放射性物質が移行して残るものか?そういう専門的なことを知っている人に支援してもらえればありがたいのだが。

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2011年5月 5日 (木)

NHKアーカイブ

チェルノブイリ事故から20年後、現地でどのようなことが起こっているかをNHKが取材した番組を2本作った。とてもよい番組だが、聞いた噂では、福島の事故以来、NHKの方でアーカイブからは見れないようにしてしまったということだ。現在のNHKの報道姿勢と矛盾するところがあるので、NHKが国民に見せるのは適切でないと判断したのだろうか。

ところがこの2本の番組をYOUTUBUに投稿した人がいて、こちらこちらで見ることができる。これは一種の民主革命なのではないだろうか。権力者が隠したいと思った情報でも、市民が発信し、共有することが出来る。

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2011年5月 1日 (日)

農文協のバックナンバー

昭和63年の「現代農業」9月増刊号を貸してくれた人がいる。チェルノブイリ事故があったあとで、日本の原発について特集したものである。いま読むととても興味深い。是非、農文協は復刊して全国の本屋に並べてほしい。

福島の事故が現実にあった後で、原発を批判するのは容易だが、いまから20年前に、今回の事故を懸念するような記事がもうすでに世の中にあったのだし、懸念していた人がたくさんいたのだ。興味深い記事をこれから少しづつ紹介していきたいが、今回初めて知ったことは、そもそも日本が原子力発電という国策をとり始める法案をはじめて国会に提出するに当たってのキーパーソンは「大勲位殿」だったということだ。

ここからは記事の紹介ではなく、私の推測だが、「大勲位殿」は旧帝国軍人なので、やはり原発の究極の目的は日本の核武装だったのかと思われる。軍人のみ果てぬ夢であるのか、それとも当時の冷戦構造や国際情勢がしからしめたのか、歴史学者や政治学者はしっかりそのあたりを評価して、後世へ伝えていくべきだと思う。

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