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2009年6月28日 (日)

梅干し作り体験会

こちらは梅雨の中休みでよい天気が続いています。梅の実が実る頃の長雨だから「梅雨」と呼ぶという説があります。この時期は熟した梅の実をとり、梅をつけます。梅干しは体調を整える働きがある、日本の貴重な伝統食です。「梅干し」に興味を持ってくれている人がこんなにも多いのは嬉しいことです。

今日は朝、東北本線が止まり、仙台からの参加者の方がもしかしたら来れないかもという、緊急事態がありましたが、何とか電車も復旧し、少し遅れて体験会が始まりました。

Imgp4817 我が家の体験会のよいところは、参加者自らに梅干しをとってもらうことです。まずは梅畑の青梅を手でもいでもらいます。

Imgp4818 青梅は梅ジュース、梅酒、カリカリ梅用です。我が家には山の上の方にももうひとつ梅畑があり、こちらは粒が大きいので完熟させて、果肉の柔らかい、そして香りのよい、梅干し作り用に向いています。山の梅畑は周りが竹に囲まれているのでちょっと薄暗い感じがします。

Imgp4822 山の登ったついでに山の恵をいただきます。参加者自らのお土産を収穫してもらいました。近頃山はイノシシに荒らされているのですが、ついにタケノコを食いあきたか、他の山で満腹になっているのか、人間が食べる分が残っていてよかったです。

収穫した梅をあく抜きのため水につけている間、お昼ご飯を食べることにしました。うちの畑で取れた野菜が中心です。きゃべつ、ズッキーニ、じゃが芋、玉ねぎなどが今取れています。山でとった山椒をすりおろして「山椒味噌」を作り、豆腐にのせて食べて美味しかったです。

昼食後は、「ジュース、または、お酒作り」から始めました。

Imgp4834 ヘタをとるなどの下ごしらえが大変です。でも、みんなで楽しくおしゃべりをしながらですと苦になりません。

Imgp4841 「カリカリ梅、または、完熟梅の梅漬け」を作り、一人2瓶作ってもらい完成です。

Imgp4842 赤しそを加えるのはもう少し後なので、今日は赤しその入れ方のデモンストレーションをしました。あく抜きの為塩でもむと汁がたくさん出てきます。汁を捨てて、よく絞った赤しそに梅酢をかけるときれいに発色します。そこまで見ていただいて、しそは今日つけた梅から梅酢があがってきた頃に各自しそを買い求めてやってみてくださいというお話をして、今日の体験会は終わりました。

参加申込人数が多かったので、来月にもう一度梅干しつくりの体験会を開催いたします。

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2009年6月25日 (木)

梅収穫の準備

我が家の梅畑が、放置された杉山に覆いかぶさられていて、日陰になっている。そこで、梅の収穫に備えて、下草刈りと、杉山の枝打ちをした。

梅の木は、好日性なので、日陰でけなげに生きて実をつけている梅はいとおしい。だが、杉山に近い方の枝は枯れ、少しでもお日様を求めて、日の当たる方に枝を一生懸命伸ばしている。

杉山は完全に放置されていて、うっそうとして日も差さない。間伐もせずに、枯れた杉が何本もある。私が、はしごにのって届く範囲でのこぎりで枝はらいをしてもたかがしれている。

今日はだいぶ暑くなったので汗をしぼられた。梅林の手入れの他に、えんどう豆とその棚を撤去した。畑のほうも、入れ替わりの季節だ。えんどう豆の次は秋野菜の準備だ。うまく、季節の変わり目の農作業をしていかないと、9月頃の端境期に野菜がなくなる。

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2009年6月23日 (火)

幼稚園に野菜配達

知り合いの方から声をかけられ、幼稚園に野菜を届けた。幼稚園の園庭に入らせてもらい、子供たちがとても楽しそうに遊んでいるのをみて、とてもよい幼稚園だと思った。

仙台にある「みどりの森幼稚園」だ。園庭に田んぼが作ってあった。園庭に木が植わっていて、涼しい木陰を作っている。子供たちはその木の下で砂遊びをしている。園庭は、子供たちが掘って深くなっているところがあったりでこぼこで、そこに、昨日までの雨水が溜まって、泥水になっている。ガンジス川のような泥水だ。

そこに裸足や、下着の子供たちが嬉々として遊び戯れ、泥水に漬かっている。どの子も楽しそうで、保母さんたちも入り混じって、みんな楽しく遊んでいる。こんな光景をみて、「子供が病気になる」なんて叫ぶ親もいるかもしれないが、もちろんこの幼稚園の教育方針は、私が目で見たとおりなので、そこがいいと支持する親御さん達が子供さんを通わせている。

だから、この園の親御さんたちは食に興味・関心の高い人たちが多く、無農薬野菜の宅配をとってくれたりしている。

植物に囲まれ、波長を通わせあって、子供たちが心を思い切り解放しているのが一目でわかった。この園で思い切り遊んだら、心身ともに満たされ大満足で、夜はきっといい眠りを眠っているに違いない。「みどりの森幼稚園」の子供たちは幸せだ。この子達にも、我が家の畑で取れた野菜をぜひ食べてほしい。

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2009年6月21日 (日)

フリーマーケットは中止

仙台の環境保護団体ACT53が主催する「もったいない祭り」だが、天候に恵まれず、また今回も中止となってしまった。これで2回連続中止だ。昨日から収穫していた野菜だが、急遽近所の直売所に持って行ったり、ご近所におすそ分けをしたりとあいなった。

「もったいない祭り」の趣旨には大いに賛同しているのだが、もし3回目に再挑戦のお祭りがあっても、もう参加する気力がない。準備が大変であるし、天候が悪くなった場合は、在庫が無駄になってしまうからだ。弱小農家では耐えられる負担ではないので、残念ながら「もったいない祭り」とは縁がなかったと思い、お付き合いを絶とう。

天候には勝てないとは思うのだが、今太陽の黒点活動が弱まっているのだそうだ。そうなると今年の夏は、冷夏、やませ、雨降りの多い不順な天候、そして米の凶作ということが予想される。困ったことだ。自然農法の田んぼはこのような不順な天候に打ち勝ってくれるのだろうか。

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2009年6月20日 (土)

フリーマーケット参加

21日の日曜日、仙台市の勾当台公園で、環境問題に取り組むACT53の「もったいない祭り」が行われる。この祭りで農産物販売をすることになったので参加する。

今日の夕方はそのために収穫をした。新じゃがを掘ってみたが、ずいぶん大きくなっていた。これは、近くの豆腐やさん青木商店からもらってきたおからを播いて育てた。

そのほか、キャベツ、ズッキーニ、グリンピース、玉ねぎ、レタスなどを持っていく。多くの来場者が来ることを願う。

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2009年6月16日 (火)

農作業日誌

朝の曇りが日中もなんとか持続し、時に晴れ間ものぞいた。日差しが出なかったので暑くはなく汗も出ず、気持ちよく農作業ができた。おまけに、このところの雨で土が柔らかくなっていて、草むしりも楽にできた。とはいえ、もうかぼちゃが草に埋もれていて、ようやく救い出すことができた。

去年の経験からいうと、草の中に埋もれてしまったかぼちゃは、湿気がこもり日も差さず、実が腐ったりして決していい成績ではなかった。今年はなんとかピンポン球くらいの実がついたこの時期に救い出すことができた。

黒豆の播種が完了。今まいても丹波の黒豆の収穫は12月。長く畑をせんりょうするものだ。

ニラの植え替えもできた。ニラは年々株が細くなってくる。だから3年目ぐらいでほりあげて株分けをする必要がある。

きゅうりの苗も定植。夜に入ると雨が降り始めたので、今日植えた苗たちにはよいことだろう。

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2009年6月13日 (土)

梅雨の合い間の農作業

天気予報を聞きながら、晴れれば農作業、雨が降れば原稿書きと、この週末の過ごし方を決めた。

午前中は晴れ。田んぼに藁を敷いた。これは藁が分解され肥料になるのと、田んぼの乾燥防止だ。我が家の田んぼは、沼水が降りて来るのだが、地区の委員さんにお願いしないと水は降ろして貰えない。水が抜けやすい田んぼだというのとあいまって、いつも水不足で困っている。

ついで、空芯菜の定植。これで、播いた種のぶんは定植してしまった。

昼飯を食べたら眠気に襲われ、昼寝してしまった。昨晩は、人身事故のせいで、電車が止まり家に帰ったのが夜中の12時近く。飯を食べ風呂に入って寝たのが2時過ぎ。

夢から覚めてにらを土から掘り出しこれを植え替えようと思ったら、夕立が来た。これで畑作業は出来なくなったが、収穫した玉ねぎやわけぎを倉庫に干していたりしたら夕方になってしまった。

農作業も遅れ気味だが、明日は原稿も書かなくてはならない。

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2009年6月11日 (木)

梅雨入り

東北地方もどうやら梅雨入りしたらしい。今晩から雨が降るという予報だったので、遅れている農作業を少しでも取り返すつもりで、朝5時から農作業をした。早起きすることにはだいぶ慣れたものだ。

夏に重宝する葉物野菜の空芯菜を抵触した。湿り気を好む野菜なので、土地が低く粘土質のわが家の周りで栽培するのには適している。

6月も初旬が過ぎようとしているので黒豆をまいた。これは宅配のお客さんから美味しかったからまた年末に欲しいといわれたのでなんとかうまく作りたい。

じゃが芋もの土寄せもしたが、これは時期が少し遅い。もっと小さい時にするべきだったが、作業が遅れて間に合わなかったのだ。

まだしなくてはいけないことが多いのだが、夜になると予報どおり雨が振り出したので、しばらく作業もままならないかもしれない。うかうかしていると、秋野菜の種まき準備がすぐやってくる。

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2009年6月 7日 (日)

環境から見た地球の歴史

土・日が雨で農作業が出来ない。代わりに教材を作っているが、ずっと机に座っているとやはりストレスが溜まる。

さて今通勤の電車の中で読んでいる本がNew Green History of the Earthだ。人類の文化誕生とともに、いかに地球の自然環境が破壊されてきたかを教えてくれる。人類の歴史とはまさに愚行の歴史だというふうに思わされる。

いろいろ考えさせる話がたくさんのっているのだが、旧ソ連がアラル海を破壊した話を紹介する。アラル海は巨大な内海で、かつては世界で4番目の大きさだった。アラル海のユニークさは、流入する川が2本で(アムダリア川とシルダリア川)、アラル海からは流出する川がないということだ。

水が入ってくるばかりでなぜあふれないかというと、中央アジアの真ん中という過酷な環境では水の蒸発が激しく、それでちょうど海の大きさが保たれていたのだそうだ。

大国や覇権主義を目指す人間の傾向は、大計画を立てて土地を人間の意のままにしようとする。ソ連は、アジアの真ん中の広大な土地を開発して綿花や小麦を栽培する計画を立てた。苛酷な環境で植物を育てるのだから水がいる。そこで、アムダリアとシルダリアが灌漑用の水として取られてしまった。アラル海は流入する水が減り、縮小し始めた。もちろん予想されていたことだが、科学アカデミーの科学者が、湖がひとつなくなったところで、何の影響もないとお墨付きを与えた。

自然を支配できるのだという、人間の夢想が一時的に実現したように思えた。ちょうど、私が中学生だった頃、地理の時間に白地図に世界の農業生産地を書き入れていた。社会科が大好きだった私は、得意になって、ソ連のところには綿花や小麦の大生産地を書き込み、植物がたわわに実る素晴らしい光景を想像していた。

大国を目指す、覇権を競う、自然を征服しようとする、大きな計画を立てる、大きな建物を作りたがる、それらはみな根が同じ私たち人類の心の宿根だ。ソ連の指導者だけを責めることは出来ないが、さて、彼らの大計画がどうなったかというと、時がたつにつれて自然の復讐を受けることになる。

まず、大型トラクターで土地を耕し素っ裸にして単一作物を播く大規模農業は、土地の荒廃をもたらし、時がたつに連れ不毛の大地を作り出す。トラクターで土地を耕すという発想は、草を農作物にとって邪魔者としかみなしていないが、実は草は表面の土壌を把持し、地下から水気を吸い上げ上空に雲を作り雨を呼ぶ働きをしている。

トラクターで土地を耕起してしまい、草がなくなると、表土は風に吹き飛ばされ、雨が降らなくなる。土は無限にあるわけではなく、植物が生え農業に適している表土は何千、何万年をかけてようやく地球の表面にできたものだ。その表土が雨や風の浸食でなくなると、もうそこは食糧生産に適さない荒れた土地になる。そして草を根こそぎにしたことにより、雨が降らなくなると、ますます表土は風でどこかへ吹き飛ばされていく。

アラル海のほうはどうなったかというと、かつての面積のもう4分の1くらいしかなくなったらしく、漁業が衰退したのはもちろん、海に住んでいた魚類やその周辺にいた水鳥たちをはじめ大量の生物たちが絶滅してしまった。淡水の流入が少なくなったことにより、塩分はとてつもなく濃縮され、乾いたかつての海底から塩が噴出している。塩は風で吹き飛ばされ、付近の住民に降りかかり、地域のがん患者の発生率は他地域の数倍になる。

大きなことが好きで、自然を人間の意のままに出来ると思っている人たちは北アメリカにも住んでいるが、アメリカの大農業地帯も同じような状況だ。私が中学生のときに得意になって白地図に書き込んでいた、大トウモロコシ地帯や綿花地帯も、巨大トラクターで耕され、そのことによって土地は荒廃し、農業が出来ない土地へと変わっていく。ネイティブ・インディアンが過酷な自然条件と智慧を使って調和しながら生きてきた、その生き方も土地も彼らは破壊してしまった。アメリカ中央のオクラホマあたりで耕すことで風に舞い散ることになった表土は、大西洋の船の中にも降ってくるそうだ。

こうゆう国に食糧を依存している日本はどうなるのだろう。日本が食糧を依存しているオーストラリアやかなだなども似たような状況だ。大規模農業を好むところでは、表土の流出・喪失、砂漠化が起こっている。中国の環境破壊は言うまでもない。砂漠化により韓国や日本にふってくる黄砂の量と黄砂による健康被害は増えている。北京のすぐそばまで砂漠はせまっているし、黄河は途中で干上がって海まではたどり着かない。

トラクターを使う大規模農業は確かに一人でこなせる土地の面積を飛躍的に大きくした。ろくな機械を使わない自然農法では一人ではほんの少しの面積しかこなせない。ところが単位面積当たりの農作物の収量はどうかというと、ほとんど変わらないのだ。これは経済学の有名な原理で、資本をたくさん投入していくと最初のうちはそれに見合って収量も上がるが、ある限界を超えるといくら資本を投入しても、そこから得られるものはほんのわずかになってしまうのだ。

一人で広大な面積をこなすという考え方もあるが、その広大な面積を何百人でこなすという考え方もあるだろう。耕さない自然農でみなが小規模な面積を大事にして自給する。そうすれば環境も壊さずにこの地球と調和していけるだろう。耕さない自然農法の意義がこの本を読んでいてひとつ理解できるようになった。

不況の日本は見方によればいい機会だ。仕事がなくて困っている人も多いのだから、一人でこなすのではなく、多くの人で小さな面積を丁寧に管理していくこともよいのではないか。大きくなろう、一流国になろうという気持ちを押さえて、小さな生き方を目指すいい機会だと思う。

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2009年6月 4日 (木)

なるほどなという話を紹介

農協が出している家庭菜園愛好者向けの雑誌を読んでいて、考えさせられる記事があったので紹介します。

大手食品メーカーに長らく勤め、今は大学などで教えている味覚の専門家が言っていました。人参で官能調査(どれが美味しいかモニターさんに食べてもらい意見を聞く)をしたところ、昔ながらの品種は人気が低く、現在一番流通量が多い甘くて癖のない人参が一番人気が高かったそう。

ところが昔ながらの人参はカルシウム、マグネシウム、亜鉛のようなミネラルも多いし、グルタミン酸もほかの人参の2,3倍はあったそう。でも、人気がないのは、人参らしい味と匂い(つまり人参くささ)のせいではないかという。

押しなべて日本人の味覚の傾向はこのようになっていて、つまり、味覚が幼児化していて、苦味や辛味のような微妙な味わいを味わうことが出来なくなっているのだそうだ。苦味や辛味のような味は、訓練して味わうことで旨いと感じられるようになっていく文化のようなもので、そのような素材から美味しさを引き出そうと調理の仕方も工夫がされてきたという。

今流通している野菜はみな甘くて癖のないものばかりで、味はどれもにたりよったりで生産者も消費者の好みに迎合するばかりで果たしていいのかということを問題提起していました。

微妙な味わいを味わう感覚が失われれば今までの文化も失われる。子供が野菜を食べないから、子供が喜んで食べるからといって、朝食にお菓子を食べさせる家庭があるそうだが、このまま行けばやがて三食甘いお菓子しか食べないという人がでてくるのかもしれない。

いろいろ考えさせる話だったが、そもそも日本に味覚や食嗜好を専門に研究しているこのような人がいるということ自体まだまだ心強い。この人は今東京農大の教授だそうだ。「野菜の味は滋味だ。滋味とは土の味だ」とも言っていたが、常々自分の家の野菜を食べながら、畑の土を食べているという感じを抱いていたので、こういう感覚がわかる専門家は本当に信頼に値する。山口静子さんという専門家だ。

そして、この人のインタビュー記事がのっているのは「野菜畑」初夏号。JAでだしている。JAが自給的な家庭菜園を応援する雑誌を出しているのはとてもいいことだ。

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2009年6月 2日 (火)

今食べているもの

野菜も豊富に出回ってきた。畑から今日の食卓に上ったものは、まずレタス。レタスが暑い気候が苦手な野菜だ。だから春先霜が降りてもよい時期に畑に植え、6月頃取れる。しかし、軟弱野菜なので梅雨の長雨にあたると葉っぱが溶けて腐ってしまう。肥料を少なくして溶けない堅いレタスを作ろうとしたら、今度は結球しなくなる。梅雨に入る前の今が宮城では旬の野菜だろう。

レタスはどうしても生でサラダが多くなる。もっと食べ方の工夫をしてもよいのかもしれない。

コールラビのスープ。コールラビは、キャベツの仲間だが、形は蕪に似ていて味も蕪に似ている。他の野菜も入れスープに入れて柔らかく煮込むと、野菜のうまみだけで体にしみこむ旨さだ。コールラビは、高級フランス料理などにも使われている新しい洋野菜だ。うちの畑のコールラビは味に自信がある。仙台のどこかのレストランのシェフが我が家のコールラビに目をつけてくれないかしら。

ダッチオーブンで鶏肉と玉ねぎ、スナックエンドウを塩・胡椒で蒸し焼きにする。我が家の南部鉄器のダッチオーブンは本当に野菜のうまみを引き出してくれる。素材の旨さだけで食べて幸せになれる。宮城県でもいよいよ新玉ねぎが取れ始める。新玉ねぎはスーパーでは九州あたりから3,4月頃来る。しかし、宮城の人は是非地元の新玉ねぎを食べて欲しい。新玉ねぎは柔らかくて甘い。この味が食べられるのは本当に今の一時期だけだ。

そして、スナックエンドウも今が旬。スナックエンドウの取れる時期は大変短い。2週間後にはもう食べられないだろう。今しかないものを味わって食べている。

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