葦仮体験会の続き
先週末の葦仮体験会では様々な出会いがあった。熊谷産業の社長さんの知り合いの長野在住のギター奏者の方が、体験会の夜、集まった大勢の前で演奏会をしてくれた。
いい曲を聞かせてもらったなと思っていたら、このギター奏者の人と旅館では相部屋で、隣で寝ることになった。話をしているうちに私が農のある暮らしをしていることを話すと、興味を持ってくれた。 自分でも自宅の庭で畑を作り始め、自分で作った野菜のおいしさに目覚め始めたということだった。
長野には、車で帰り道々知り合いを訪ねながら帰るということだったので角田の自宅へ泊まっていってもらうことにした。作曲活動に関する興味深い話や、各地で出会ったさまざまな生き方の人の話を聞かせてもらった上に、ギターの演奏までしてもらい自作を披露してもらった。
旅館では、家族の者にも演奏を聞かせてやりたかったと思っていたので、自宅で間近に我々のためだけに弾いてもらい感激である。子供たちの心にもきっと何か忘れられないものが残ったことだろう。
人に家に泊まってもらいたいと思うのには、私には二つのことがある。
ひとつは、私が農にかかわる暮らしをしていて食べるものを作っているからだ。農家として国民を支える食料は全部俺が作り出すなどという大それた自負ではない。われわれのように機械をほとんど使わない農業でも、野菜や米は自分たちが食べる以上に取れて余る。
それは、自然の恵みであるので自分たちだけで独り占めしたら罰が当たる。来る人には、食べ物に関してはひもじい思いをさせず食べ物を分かち合うのだ。どこかにもし飢えてひもじい人がいればそれは農にかかわって生きている者にとっては恥ずべきことだ。
もうひとつは、バックパッカーとして旅して回っていた時によく泊まった外国のゲストハウスのことが私の心にはいつもある。ゲストハウスは面白い存在で、日本にはそれにあたる宿泊施設はあまり見当たらず、日本語に訳してしまったら何かが失われてしまうような気がする。
とにかく気楽な雰囲気で世界中から来る者は拒まなかった。ゲストハウスの一つ屋根の下に集まった旅人たちは、気軽なおしゃべりをしたり情報交換をしたり、みなフレンドリーだった。やはりこういうものは、場が持つ雰囲気や力があると思うのだがゲストハウスにはそのような魅力や力があった。
旅人はみな何かしら心に何かを抱えて旅をしている。そういう人たちを受け入れ、旅人同士が交流できる場を作る仕事にもとても魅力を感じる。
ギター奏者は白柳淳さんといって、いい曲を作曲している。何曲か自作を聞かせてもらった。抒情詩のようななつかしさを感じさせる曲と、叙景詩のように生き生きと情景を思い浮かべさせられる曲の二つのジャンルが特徴だと思う。インターネットで白柳淳と検索すると公式ホームページが出てきて、CDも買える。大阪の堺出身だそうだ。
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