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2007年2月27日 (火)

これはレタスの写真です

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これはレタスの写真です。レタスといえば、こんなニュースを読みました。日本のレタスが中国や韓国に輸出されていて、それを食べるのが一種のステータスシンボルになっているとのことです。日本の農産物はおいしくて、安全だと中国や韓国でもすでに評判だそうです。しかし、わざわざ物価の高い海の向こうから持ってくるものですから、現地の人が口にするには割高です。そこで、そのような日本の農産物を食べることができるということが、現地ではその人の経済力の豊かさを象徴してステータスシンボルになっているということです。

このように見てくれば、農業という産業もまだまだ捨てたものではなく、それどころがたいへん夢がある産業だと私には思われます。ところが、実際の日本の農業の現場を見てみると、現在の農村を最前線で支えているのは60代、70代の人たちで、それに続くその下の世代は農村を離れたり、農業には携わっていなかったりというのが現状なのです。農業は割が合わない仕事だからと親の愚痴を聞かされ聞かされてきて、親も自分の子供には「安定した仕事」についてほしいと願ってきたのですから、後継者が少なくなったのも無理からぬところかなとも思います。自分がやっていることが好きで好きでたまらず、この仕事はこんなにも楽しいのだと子供や周りの人に見せる必要があるのだなと考えました。

さて、今日もわが農場をお客さんが訪れてくれて、野菜を期待しているということをおっしゃってくださいました。そのような期待の一言が農家のわたしを育ててくれるのです。植物も声をかけながら育てると良く育つといいます。わたしも、多くの人に期待されて、それに答えられるようにがんばっていきたいと思います。小さなレタスの苗たちよ、おまえを待っている人がいるのだから、元気に元気に育つのだよ。

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2007年2月24日 (土)

天気を読む

昨日は、仙台の家庭菜園のグループの会合があった。私は、この家庭菜園のグループで体験を積ませてもらい育ててもらった。グループの中には、玄人はだしの方もいて、レストランに野菜を卸していたりする。今、レストランで求められている売れ筋の野菜などの情報を教えてもらい大いに参考になる。みな、農に関心がある方たちなので、今年の異常な暖冬のことが話題になる。本格的な農のシーズンであるこれからの春から夏にかけての天候が心配である。このグループを指導してくれている若き専業農家のM君によると、このような年はやはり冷夏になるとのこと。私も、多雨・冷夏になるとにらんでいる。家庭菜園から一歩進んでこの農のある暮らしに飛び込んできたからには、どのような天候にも順応して、一定のレベルで野菜つくりをしていきたいと考えている。今年は、窒素肥料を控えめにして、堅くて小さめの野菜を作り病気に強い野菜を作っていこうと思う。そして、食べていただける方においしいといっていただけるものを是非作りたいと思っている。

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2007年2月22日 (木)

結論は決まっている

携帯電話の使用は脳腫瘍にかかるリスクを大きくするという調査結果がヨーロッパでは出たそうです。もちろん日本では“安全”です。日本の場合、「安全」という答えが先にあって、答えにあった調査結果をきちんと書いてくれる研究者たちがいるからです。

原発なども同じです。日本では絶対に安全です。答えは先に決まっていますから、答えにあった調査結果をいかに研究者たちが見事に書くかです。

こうなると日本の場合は、個人で考え、個人で判断し、個人で行動することが、私は求められていると思うのですが。でも、それが日本ではなかなか難しいのですね。なぜでしょう。

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2007年2月20日 (火)

生活は終わらない

今は、寒さに強い野菜の苗作り、畑の準備、裏山の手入れなどをしています。家の裏山には、風倒木の杉や竹がずいぶんあります。そのままおいておくと、山が歩けなくなってしまうので、薪の大きさに切って山から降ろしています。作業が進むにつれて山が次第にきれになっていくのが嬉しい。薪小屋に薪をきれいに並べていって、薪が増えていくのも嬉しい。この薪は、来冬の私たち家族が寒い思いをしないように、私たちを暖めてくれるだろう。自然保護、自然保護と頭で考えていたことが、今こうして自然な形でごく普通に体を動かして実践できている。大事なのは、みながなるべく自給に近い形で生活をしていくことではないかなと思う。自給に近い形で家の回りにあるもので用を足していったなら、毎日毎日いろんな仕事がある。市場原理の世の中なら、今度工場は中国に移転するので、もう仕事がありませんとなるのだろうが、ここでは、生きている限り仕事がある。生活そのものが生きることだからだ。生活にまつわる仕事をやめるのは生きる事をやめる時だ。

だいぶ日がのびたが、もう暗くなった。仕事をやめて家に帰ろう。ここでの生活は本当に「暮らす」という言葉がぴったりする。体を動かして暗くなるまでその日1日を働いて生きることを「暮らす」という。「暮らす」という言葉も私の好きな言葉だ。

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2007年2月18日 (日)

味噌作り

Imgp1275 天気が心配されましたが、本日、味噌作り体験会を、和気あいあいの雰囲気の中で開催することができました。

10時から豆を煮だして、順次手でつぶしていき、つぶれた豆を麹と塩に混ぜて、つぼにつめていきました。

Imgp1272 参加した子供さんたちも、原料の豆を手にしっかり持って匂いを確認していました。味噌は何からできているのか、五感の中にしっかりと記憶しておいてくださいね。

煮た豆を手でこねこねするのも楽しそうにしていました。(私の持論ですが、小さい時に泥団子を作ったことのない子は、大きくなって何らかの問題を持つのではないか。そういう意味では、味噌の原料をこねるといういい体験を子供たちにしてもらって私はよかったと思っています。)

Imgp1279 これが、完成品です。かわいく仕上がりました。

お昼を食べて、大人たちが歓談した後は、天気も薄日が差してきて、外で焚き火をして焼き芋をしました。都会ではめったにできない体験ということで、子供たちに順番にマッチをすってもらって、火をつけてもらいました。

Imgp1282 手が熱くなりそうで、みなおっかなびっくりで腰が引けています。でもいいのです。こうして多少の痛い体験を自分でしておくのです。そうしたら、将来、他人の痛みに敏感な大人になれると私は思うのです。

Imgp1289 焚き火がうまい具合に炭のおきびになり、今日は最高の焼き芋ができました。遠赤外線で焼けたのでしょう。外はパリッと、中はねっとりと甘かったです。

Imgp1283 焼き芋を食べたら、子供たちは元気にターザンごっこです。自然の中に在るものを好きに見立てて遊んでください。

本日、参加されたご家族のみなさありがとうございました。今日のよき出会いを感謝いたします。「農」がこれからも食や学びあいの機会を提供できるように、このよつば農場を整えてまいります。また、お越しください。

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2007年2月14日 (水)

お百姓の先生

農業をやりたいと思った時に、今まで農家の方から直接教えていただいたり、やり方をみさせていただいたりしてきました。そうしてお世話になった方たちは、みんな私の先生です。岩手県のタイマグラという山奥の開拓村に住んでいたおじいちゃんとおばあちゃんも私のお百姓の先生です。おふた方ともなくなってしまいましたが、広大な面積の畑を機械も使わずに、いつも心をこめた清浄な状態にしていて、感心というよりも感嘆してみていました。その方たちのそばで記録映画を取り続けていた映画監督のSさんから昨日手紙をいただき、改めておじいちゃんおばあちゃんのことを思い返したのでした。近頃の私は、ある程度の面積の農地を機械を使ってこなしていこうかとちょうど考えていたところだったので、おじいちゃんたちが手で畑と関わっていたのはどういう意味があったのかと考えるよう反省させられました。機械を介さず、直接生身の人間が畑とかかわっていく、これはまず、子供と同じで作物や自然に目線が近くなっていきます。人間は何も目でだけ見るのではありません。五感全体を使って見たり感じたりしています。機械を介してしまうと、作物や、その回りで生きている虫たちや草たちや細菌類や、すべての生き物たちの息づかいや発するにおいなどがわからなくなってしまうということなのかもしれません。簡単な道具の手作業で畑を作っていくことがどういう意味を持つことなのか、まだ私にもよくわかりません。これからの畑作業の中で少しずつ答えは探そうと思います。大事なことを私の記憶に残して教えてくれたおじいちゃんおばあちゃんに感謝、大事なことに気づかせてくれたSさんに感謝。みんな私の先生です。

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2007年2月11日 (日)

味噌作りリハーサル

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来たる2月18日(日)よつば農場で味噌作り体験会を開催します。今日は、その体験会に先立って、味噌つくりのリハーサルをしました。子供に手伝わせて少量の味噌を仕込みました。写真の鍋の中身は大豆です。圧力鍋で煮たらどんな大豆が出てくるのかは、当日のお楽しみに。定員に若干名の余裕がありますのでご興味がある方はご連絡ください。

yotuba-farm@happy.nifty.jp

さて、大豆の話ですが、現在日本は大量の大豆を外国から輸入しています。しかし、いつまでもそのような食料の大量輸入が可能かは分かりません。現在中国は人々の生活水準が上がり、外国に食糧を輸出する余裕はなくなりつつあります。それどころか巨大な人口を養うため世界中の食糧を買い集めてしまうのではないかと恐れられています。アメリカでは、長年続いてきた収奪的な農業で土地の自然生産力はやがて低下するでしょう。そうなった時に、私たち日本人の伝統的な食生活を支えてきた大事な食材である大豆を生産してくれるのは誰なのでしょう。

私は国産大豆を生産している農家を物心両面で日本人こそが支えていくべきだと思っています。

よつば農場の大豆は地元角田の農家から譲っていただいた国産大豆です。

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2007年2月 8日 (木)

待ち遠しい

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ネギ苗を定植しました。これは早生のネギで、夏前に収穫できます。ネギは、ふつう夏にネギ坊主(種)ができ、とう立ちして硬くなり食べないのです。よつば農場の野菜が欲しいと電話してくださったお客さんがいらっしゃいました。これから、少しづつ畑はにぎやかになっていきます。待っていてくださいね。私も皆様に野菜が届けられる時が待ち遠しいです。

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2007年2月 6日 (火)

人は産廃に囲まれて暮らしている

農作業のできない冬の仕事は、畑仕事の準備や家の回りの整備です。去年引っ越してきたばかりの家の回りの整備は大きな課題です。整備といっても新しいものを作ったり建てたりするのではありません。置いてあったものを処分していくのです。私が借りているこの家は、私の大家さんの両親が住んでいた家で、最後はお母さん一人になり、亡くなったあとは、長らく空き家になっていました。家の中の床は落ち込み、たたみはくさっていましたが、家に入るにあたり、ふだん生活するスペースに限り、急きょ修理しました。問題は家の回りや畑の整備です。家の回りや畑には切り倒された木や身の回りの品々やらあらゆるものが打ち捨てられていました。これらのものを少しずつ少しずつ整理してきました。倒木や柱などの木材はありがたく薪ぶろ・薪ストーブに使わせてもらい、その他のものはゴミ袋に入れてごみ収集車に持っていってもらいました。ゴミの山がようやく片づいて、きれいな地面が見えてきました。しかし、まだまだ地面の底には、農作業やらふだんの生活で使ったあらゆるものが埋まっていて、何かの機会にゴミを掘りあてます。私は田舎に住んでいたことがあるので、田舎のおじいちゃんやおばあちゃんが悪気があってゴミを捨てているのではないということがよく分かります。じいちゃんばあちゃんが育ってきたころは、ゴミはすべて自然に帰るもので、家の回りの土の中に埋めたり、リヤカーに積んで川に捨てにいったらすべては解決したのです。昔はみなそうしていたと話に聞きます。しかし、そういった体にしみこんだ習慣だけは残り、時代のほうは移ってきます。自然に帰らないゴミはどんどん増えましたが、しかし、人は昔の感覚のまま身近なところにゴミを埋めて問題は解決したと思い込むのです。どのみち、私自身の身の回りをながめてみると、いずれは産業廃棄物になるゴミに囲まれて暮らしているのかもしれません。未来の考古学者はゴミに囲まれて暮らしている私たちの暮らしを発掘したら何と思うのでしょうか。

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2007年2月 1日 (木)

薪ストーブは心もほっとする

空気が乾燥し風邪がはやる季節です。学校でも風邪がはやっているらしく、上の子も下の子もせきをコンコンしています。小学校から電話がかかってきました。どうやら娘が熱が出てダウンしたらしい。学校へ迎えに行って家で休ませる。部屋が寒くならないよう今日は太い薪を入れておこう。ゆっくりと燃えていって、部屋は常にほんのりあたたかい。体だけでなく心もほんのりあたたかい。石油ストーブのようにいやなにおいもしないし、変にのどが痛くなることもない。ぜんそく気味の娘には薪ストーブはありがたい。娘を部屋において、外で薪を作ろう。今作る薪は、切って並べて干して来冬用だ。農作業は常に未来のために準備する。未来の自分のために準備する。夕方まで仕事をする。日が少しのびたとはいえ暗くなるのは早い。家に入る。太い薪はまだ燃えている。部屋はほんのり暖かい。薪ストーブはなんだか心もほっとする。

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病気をその原因から治すホメオパシー療法入門―風邪、子供の病気から、不定愁訴、ガンまで 薪ストーブのある暮らし―八ケ岳南麓、森の家から

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